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症例48: 高さ1.5mからの死

講師:

森山靖生(中央)

留萌消防組合消防署

救急救命士


 冬の寒い朝、高さ1.5mの脚立から転落し死亡した事故症例を紹介する。

症例

50歳男性。

 通報内容「作業場にて蛍光灯を交換中(写真1)、脚立から落ち胸部の痛みを訴えている」

 救急隊長として出動。救急隊員に対し外傷処置、固定処置資器材の準備を指示し、現場へと向かった。

 覚知5分後に現場到着時。通報者によると「どんと倒れる音がして作業場に行くと傷病者が倒れて苦しがっていたので119番通報した」とのことであった。傷病者は暖房のない作業場で、落下した場所から約5m離れた玄関前で腹臥位でいた(写真2)。

 周囲を確認した結果、大出血なし、四肢変形等なし、嘔吐なしの状況であった。主訴は右腋下から側胸部の疼痛、強度の腰部痛であり、傷病者本人から「落下現場から自力で這いつくばって玄関まで移動した」ことを聴取した。

 全身観察したところ、意識レベルJCS0、顔貌苦悶様、顔面やや蒼白、冷汗あり、外傷は右前腕部、右肘部に擦過傷を認め、四肢麻痺なし、頭部痛なし、頚部痛なし、各部位の腫脹なし、骨盤動揺もなし(写真3)であった。

 隊員に頸部固定、全身固定実施して搬送する指示をした後、落下現場を確認したところ、床から天井面は目測で3m、脚立の高さは約1.5mであり、この時点では誤って落下したことによる打撲程度と判断していた。

 傷病者を腹臥位からログロールによりバックボード収容、頸部・全身固定を実施した(写真4)。

 車内へ収容後、再度観察したところ、呼びかけ反応なし、痛み刺激反応なし、意識レベルはJCS300であった。呼吸は下顎呼吸6回/分であった(写真5)。
 直ちに酸素10リットル投与下によりBVMにて補助換気換気を開始した(写真6)。
 脈拍81回/分、血圧161/102mmHg、SpO2 100%、心電図モニター装着(整脈)、瞳孔左右6mm、対光反射なく右への共同偏視を確認した(写真7)。

 現場滞在時間8分で出発。同乗の夫人に傷病者の現病歴を聞いたが特記すべきことはなかった。胸腹部を観察しても外傷や腹部の板状硬、異常音等はなく、内心で「どうして意識レベル低下したの?瞳孔所見から落下した際に頭部を強打して時間経過に伴って意識障害症状が出たのか?」等々、いくつもの可能性が胸中を交錯した。しかし頭部を詳細に観察しても異常所見はなかった。収容直前の血圧は収縮期で130-140mmHgであった。

 現場出発後5分で病院到着。傷病者は病院収容直後に心肺停止になり1時間30分後に死亡した。原因は肝破裂及び出血性ショックであった。

考察

 本症例と接触した当初は傷病者の意識レベルと観察結果から見て打撲程度だと思っていた。その後救急車収容時から意識レベルの急激な低下をきたし、病院収容から1時間30後に死亡に至るとは思いもしなかった。肝破裂を考えると、初期の体位である腹臥位により肝臓が圧迫されて止血状態であり、仰臥位に体位変換した段階で止血状態が解除されて出血性ショックに陥ったと思われる。

 反省点として、
(1)約1.5mからの落下事故に対する救急隊としての心構えに甘さがあった。
(2)冬期の低気温下での傷病者の冷汗症状を軽視したこと。
(3)瞳孔所見(6mm散大、右共同偏視)での頭部外傷と判断しかけていた。

 低所からの落下事故でも死に至る場合もある。「まさかこんなことはないだろう」という先入観が判断を誤らせることを痛感した。

解説

 肝破裂は大きな外力が胸腹壁を通じて肝臓に達することにより生じる。原因として多いのは交通事故、転落、衝突などで、牛馬などの大形動物に蹴られて負傷することもある。今回の症例は何らの既往歴も持たない成人男性が1.5mの脚立から落ちただけで肝破裂で死亡したものである。

 こんな高さで肝破裂は通常では考えづらい。肋骨骨折により肝臓が挫滅するにしても、傷病者が痛がっていたのは腋下部分で肝臓から遠い。それにいくら蛍光灯を抱えていたといっても倒れる時には手なり足なりを床について体を守るだろうし、実際に傷病者は右腕に擦り傷を負っており右腕で体を支えたと考えられるからだ。これが肝臓やその周辺になんらかの異常があれば可能性はある。報告では血管腫や悪性腫瘍による肝破裂1)や妊娠による破裂2)などがある。本症例でも肝癌などの占拠病変があった可能性はあるが解剖を行っていないため詳細は不明である。

文献

1)J Clin Gastroenterol. 1996;23(1):69-71
2)Ginecol Obstet Mex. 2006;74(4):224-31


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07.2.11/9:42 PM