OPSホーム>症例目次>110612 農薬中毒

新連載
講座・特異事例

月刊消防のご購読はこちらから


第1回
農薬中毒

名前:山下典晃(やましたのりあき)
yamasita.jpg
所属:富良野広域連合富良野消防署南富良野支署
出身:空知郡南富良野町
消防士拝命:平成20年4月1日
趣味:フットサル、映画鑑賞



はじめに

今回から『講座・特異事例』と題し、数ある救急症例の中でもあまり事例数の多くないものをテーマに連載することとなりました。第1回目は農薬中毒ということで過去に起きた事例をもとに解説します。

管轄地域に農薬を使用する場所がないからといって皆さん安心しないでください!野菜や果物などに使われ広く出回っているので、農薬使用者だけが中毒患者になるとは限りません。また、誤飲や誤用などが原因となることもあるため、場所を選ばず起こりうる症例なのです。数年前の中国毒入り餃子事件も農薬が原因でした。

農薬中毒とは

農薬が原因物質となり中毒症状を呈することをいいます。一言に農薬中毒といっても、状況や症状は様々です。農家の方が、農薬の散布作業中に皮膚に付着したり、吸入してしまうような事例もあれば、小児が飲み物と間違えてしまう事例もあります。

摂取量が少なく程度の軽いものならば、皮膚かぶれや程度の軽い中毒症状で済みますが、大量に摂取し重篤になると、意識障害やショックなど緊急性の高い事例になってしまいます。しかし、入院を要するような重度なものの大半は自殺企図によるものであり、事故によって重度な中毒症状を呈することはほとんどありません。

農薬中毒事例で一番大事なことは、使用された農薬を特定し医師へしっかりと引き継ぐことです。どれだけ早く医療機関へ搬送しても使用した農薬がわからなければ、その後の処置がなかなか進まない可能性があります。現場に行く私たち救急隊が一番その原因を特定しやすいのです。

事例1

倉庫内で自殺しているとの通報により出動しました。

現場到着時、傷病者は倉庫内コンテナ上に坐位の状態で関係者に支えられていました(写真1)。

換気は良好*1。吐物はなく、農薬臭も認めませんでした*2。床にラウンドアップ(写真2)*3という除草剤の容器が転がっていました*4。

傷病者のぐったりした姿を見て、CPAを考慮しました。初期評価を行ったところ、意識レベルはJCS300でしたが、呼吸・脈拍が認められました。農薬中毒を疑いながらバイタル測定を実施。携帯式のパルスオキシメーターでSpO2を測定したところ80%と低い数値を示していたため、酸素投与を行った*5ところ97%まで回復。車内収容後は医療機関へ搬送しながら、心疾患の可能性を考慮し、心電図モニターを装着したところ、正常脈波を確認しました。脈拍・血圧についても車内モニターで正常値の範囲内にありました。搬送中は嘔吐もなく傷病者に変化は見られませんでした。医療機関に到着後、医師にバイタルや通報内容の他、現場から持参したラウンドアップを渡して*6救急隊は引き揚げました。

事例1解説

*1狭く密閉された空間では農薬が滞留してしまうため大変危険です。救急車による搬送中も換気を忘れずに行う事が大切です。

*2傷病者に接触するさいは、吐物や周囲にこぼれた農薬などに十分注意し、救急隊に2次被害が及ばないようにします。

*3今回の事例で出てきたラウンドアップですが、主な症状として脱水やショック、誤嚥性の肺炎を引き起こすことがあります。

*4今回の事例では傷病者のすぐ近くに農薬の容器が転がっていたため、種類の特定は容易でしたが、農薬の種類を特定出来るような物証が近くになかった場合は、積極器に関係者から情報を聴取します。

*5救急処置は、各農薬によって著明な症状や、行ってはいけない処置があるため、慎重に行いましょう。後述するパラコートでの酸素禁止は覚えておきます。

*6医師への引継ぎでは、農薬を服用した疑いがあることや、その種類についてしっかりと伝えます。

事例2

関係者が住宅内で農薬を飲んでしまったという通報により救急隊が出動しました。

現場に向かう途中で傷病者を乗せた関係者の車と接触しました。傷病者は歩行可能な状態で、関係者に支えられ自ら救急車に乗り込んできました(写真3)。

救急隊員が何を飲んだか尋ねても傷病者は答えず、関係者も詳しくは分からないとのことでした*7。関係者の話によると、農薬を飲んだ初期の段階で催吐を行い、農薬をはき出させたとのこと(写真4)。

車内収容後直ぐさまバイタル測定を実施、脈拍・呼吸・血圧については正常値の範囲内にありました*8。瞳孔は3mmと正常値でした*9。直近の一次医療機関へ搬送したが処置不能のため、医師同乗のもと二次医療機関へ搬送を開始しました。医師によりルート確保を実施しましたが、間もなくして2回の嘔吐(100cc程度)*10があり、嘔吐が治まると痙攣が10分続きました(写真5)。

痙攣が治まってくると、失禁と意識レベルの低下が見られ、一時は開眼しない状態になりました。さらにそれから10分後には意識も回復し会話も可能な状態となりました。症状の変化が著しく対応も困難*11でしたが、無事二次医療機関へ収容しました。通報内容や車内での変化について医師へ引き継いだ後救急隊は引き揚げました。後日、医療機関からの書類により、有機リン中毒*12(写真6)ということがわかりました。

事例2解説

*7多くの場合農薬の種類は簡単に特定できます。傷病者の意識のあるうちに聞き出すことが必要です。

*8農薬の種類により特徴的な症状を呈するものがあります。慎重に重点観察を行います。

*9有機リン中毒では縮瞳します。今回は、服用してからの時間があまり経っていないためか、一度の観察では縮瞳を確認することが出来ませんでした。このことからも、一度の観察ではなく、継続観察の重要さがよくわかります。

*10嘔吐があった場合は誤嚥に気をつけなければなりません。誤嚥をおこすと、誤嚥性肺炎や呼吸抑制・呼吸困難を引き起こすことがあります。現在は市販されている農薬の殆どに催吐剤が含まれているため、体位管理や吸引についても考慮し処置を行いましょう。

*11農薬中毒は剤型や濃度により、服用から症状発現まで時間がかかる場合があるので、病院選定を行う際は過小評価せずに、救命救急センターや中毒専門の治療施設に搬送するようにしなければなりません。

*12有機リン中毒のそのほかの主な症状については、腹痛・下痢・意識障害や、心疾患などがあります。

代表的な農薬

除草剤

1.パラコート(写真7)

主に除草剤として使用されます。服用すると嘔吐や喉の痛みを訴え、重篤な場合はショック症状から死に至ります。ショックを脱しても進行性の肺線維症を起こします。酸素は症状を悪化させるので禁忌です。

2.バスタ(写真8)
ラウンドアップと同じく界面活性剤が含まれ、除草剤として使用されます。ラウンドアップと同様の症状が現れるほか、遅発性の運動障害や、呼吸抑制を引き起こすことがあります。

殺虫剤

1.カーバメイト(写真9)
有機リンと同じく独特の刺激臭を放ち、嘔吐・下痢・腹痛などの症状が発現するが、有機リンと比べると発症及び回復が早いのが特徴です。

2.ピレスロイド(写真10)
人体に対する毒性は弱いのですが、服用すると軽症の場合は全身倦怠感や筋攣縮、重症な場合は呼吸困難や間体性痙攣を引き起こします。

おわりに

以上が農薬中毒の解説になります。要点を覚えておくことで禁忌とされる行為を予防できたり、医師への引継をスムーズにできるようになります。
農薬中毒症例は数ある救急症例の中のほんの一部ですが、一般の急病とは異なり専門施設への搬送が必要です。丁寧な問診と観察によって農薬中毒を見抜いて傷病者の生命を守りましょう。


OPSホーム>症例目次>110612 農薬中毒


http://ops.umin.ac.jp/

12.4.14/11:12 AM