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130524溺水者の救助


講師

工藤晃
くどう あきら
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出身 北海道稚内市
消防士拝命;平成6年4月
救助隊員拝命:平成9年6月
潜水班員拝命:平成16年11月
救急救命士合格;平成23年4月

趣味:アウトドア全般


1.はじめに

溺水による傷病者の多くは、救助されても心肺停止の状態であることが多く、蘇生されても予後不良であることがほとんどです。

このたびは、当地域で発生した事案や、潜水業務で起こりうる障害など、溺水者救助の特異性について考えていきたいと思います。


写真1
潜水士が身に付ける資器材

当消防署には溺水事故に対応するため救助隊で構成した潜水士(写真1)と

写真2
待機する潜水班

小型船舶操縦士などによる潜水班(写真2)が構成されています。潜水様式はスクーバ潜水で、車両等の水中転落、船舶事故、各種自然災害に伴う人命救助、遊泳中の事故、海または河川への転落事故、その他救助を要する溺水事故等へ対応しております。



2. 地域における溺水事故の特徴

写真3
ロシア船

稚内(わっかない)市は日本最北端に位置し、宗谷海峡をはさんで東はオホーツク海、西は日本海に面し、宗谷岬からわずか43kmの地にサハリン(旧樺太)を望む国境の街で、稚内と交流の盛んな隣国ロシア(写真3)をはじめとする北方圏への玄関口ともなっています。

写真4
戦前に樺太連絡船の乗り換え通路だった北防波堤ドーム。北海道遺産

地理的な面からも、水にかかわる事故が発生することが多く、日本人だけでなくロシア人など外国人が関係する事故も発生しています。

稚内市の年間平均気温は7度前後で、冬になると港湾内は結氷し流氷が接岸することもあります。1月下旬から2月にかけては最も水温が低下する時期で、氷点下になることもあり、この時期に発生する溺水事故は直ちに生命にかかわってきます。

当地域で発生した溺水事故の特徴を数値で表してみると、発生した溺水事故に対し溺死の割合は約65%となっており、溺水関連死や発見に至らず捜索打ち切りになった事案等を含めると、大部分を占めることになります。

基幹産業が漁業であり周囲も海に囲まれていることから海水溺水であることが多く90%を占めています。年齢別では50代に多く、男女比は男性が77%を占めます。全事案に対し外国人の占める割合は12%で、対象はほぼロシア人です。

外国人による溺水は通報が他の機関を経由して入電することが多く、覚知から活動開始にいたるまで時間がかかり、溺水による心肺停止の事案で自己心拍再開に至った症例はありません。

溺水による心肺停止でバイスタンダーによるCPRが施されていた事案は、全体からみても5%程度しかなく、溺水事故による心肺停止傷病者をバイスタンダーが救助し、心肺蘇生を行うことがいかに困難でかつ危険であるか、ということをあらわしています。



3. 潜水業務の危険性

溺水者救助は、救助者自身にも様々な障害が発生する可能性があります。

溺水者救助を困難にさせる要因は、圧縮空気によるものや、汚泥などによる視界不良、水圧が与える身体への影響など、種々の要因があります。

空気は潜水深度が大きくなるほど圧縮され濃度が高くなります。大気圧中にあるときは害を及ばさない窒素も圧縮空気中では麻酔作用が増強し、ダイバーの判断力を低下させてしまいます。さらに水深が深くなってくると個人差があるものの、酒に酔ったような状態になることもあり、さらに注意力や判断力が低下してきます。

汚泥による視界の不良はダイバーに不安を与えるだけでなく、水底の構造物などによる危険度も増してきます。目の前に手をかざしても汚泥のためまったく見えないこともよくあり、日中でも船舶の下などでは、光が遮られさらに視界不良になります。

そのほかにも潜水による障害はさまざまあり、代表的なものとして、耳への傷害があります。潜降し外圧が高くなると鼓膜や中耳・内耳の傷害により平衡感覚異常や難聴をきたすことがあります。また急激な減圧(浮上)は体内に溶け込んでいる窒素の排出が追い付かず過飽和状態となり、血液中に窒素ガスが遊離し気泡が生じます。気泡が血液循環を阻害し空気塞栓症など命をも脅かす危険な状態となることも考えられます。

溺水者を早く救助することは潜水深度にも関係してきますが、救助者にも大きな障害を与える可能性があります。


4. 事例1

1)事故の概要
市内港湾内での軽乗用車の単独海中転落事故で乗車人数などは不明。

2)気象状況
天候:曇り、気温:-1.9℃、風位・風速:西南西3.5m

3)潜水環境
水深:5m、水温:-1.0℃、視界:2m

4)ダイバー活動状況

写真5
現場を確認(以下訓練写真)

覚知から6分で現場到着。現場確認(写真5)の後、

写真6
潜降開始

ダイバー3名が入水し潜降開始(写真6)。

写真7
当該車両を確認。引き上げ準備

当該車両を確認し車内から1名を救出し浮上(写真7)、救急隊に引き渡し。

その後も後着したダイバーとともに潜降し、車両周辺の検索範囲を拡大し円形捜索を実施。要救助者は1名と判断し捜索終了。その後は当該車両の引き上げ協力を行う。

5)救急隊活動状況

写真8
救助資器材車

救急隊長は現場指揮とともに情報収集にあたり、他の隊員は陸上の救助隊員とともに要救助者の引き上げ準備にあたる(写真8)。

写真9
引き揚げ

要救助者を発見し海面でバスケットストレッチャーに収容、陸上に引き揚げ(写真9)救急隊により直ちに蘇生が開始されました。この時点で既に覚知から約30分が経過していました。蘇生を継続し地域の中核病院へ搬送し収容、医師へ引き継ぎました。この時点では自己心拍の再開はなく院内で懸命の処置が施されました。
6)傷病者転帰
病院での懸命な処置の結果、蘇生はされましたが低酸素脳症による神経学的後遺症が残り植物状態となり、退院することはできたものの、社会復帰するまでには至りませんでした(*1)。

低体温の状態から長時間の心肺蘇生を実施した後に自己心拍が再開し、社会復帰した症例は希にありますが、本症例は完全に浸漬した溺水症例で、浸漬時間も25分以上と長く、医療機関到着時脈拍触知不能であり、溺水の予後不良条件(*2)を満たしていました。

事例1解説

*1:溺水とは

溺水とは傷病者の身体や気道が液体に浸ることによって呼吸障害が生じた病態やその過程を意味します。
傷病者の状態の表し方として、「浸漬」と「浸水」があります。

「浸漬」とは気道を含む体全体が水没している状態をいい、「浸水」とは身体が液体に覆われて、少なくとも気道入口部が水に浸っている状態をいいます。

「溺水」とはこれらの結果から窒息をきたした病態のことをいいます。また、かつては溺水関連の表現や分類が混在していましたが、現在は傷病者の転帰によって「死亡」、「神経学的後遺症あり(植物状態)」、「後遺症無し(完全社会復帰)」の3つに分類することとなっています。

*2:溺水による心肺停止の予後

溺水の病態の本質は「低酸素症」で、「酸素欠乏の時間」と「低酸素症」の程度が最も重要な予後決定因子であるとされています。さらに「水没時間が25分以上」、「心肺蘇生時間が25分以上」、「医療機関到着時脈拍触知不能」の3点がそろえば、死亡率がさらに高くなります。紹介した2症例ではこれらの因子が満たされており死亡率の高い状態にありました。

5. 事例2

1)事故の概要
市内の漁港で車両が海中に転落したもの。

2)気象状況
天候:晴れ、気温:?2.4℃、風位・風速:南西0.5m

3)潜水環境
水深:2.6m、水温:1.0℃、視界:5m

4)ダイバー活動状況

写真10
海面を移動

13分後に現場到着。海面を移動し(写真10)、

写真11
3名が潜降を開始

隊員1名が海面から水没車両を確認し、潜水器具を装備した他の3名が潜降を開始(写真11)。

写真12
要救助者1名を発見

潜降後、当該車両に接触し、車内より要救助者1名を発見(写真12)、体を確保し浮上。

海面で準備していたバスケットストレッチャーへ収容し、要救助者を引き揚げ。覚知から20分後、救急隊へ引き渡されました。

再度潜降し車両周囲を範囲拡大し検索、要救助者1名と判断し検索終了。

5)救急隊活動状況

救急隊長は現場指揮とともに情報収集を行い、他の隊員は陸上救助隊とともに引き上げ準備を行う。

間もなく要救助者が引き上げられ、呼吸・脈拍ともになく蘇生を開始。強い寒冷環境下に置かれていたこともあり、全身が氷のように冷たく感じられました(*3)。

バックバルブマスクにて換気をしたが、口腔内に液体の貯留を認めて換気はやや不良。車内収容後、医師へ特定行為指示要請をし、気道確保を実施し前腕での静脈路確保のため駆血を行い搬送開始。搬送中に波形変化があり心室細動を確認、1回目の除細動を包括的指示下で実施。前腕の駆血でうっ血を認めず、他の静脈路確保実施可能部位を観察するが虚脱が著明で静脈路確保を中止。その後の心電図チェックで再度心室細動を確認し、除細動の指示要請を行い、具体的指示下2回目の除細動を実施(*4)しました。間もなく、市内の中核病院へ到着し医師へ引継ぎました。

6)傷病者転帰

病院収容後も懸命の処置が行われましたが、蘇生には至りませんでした。この症例も発生から蘇生開始まで25分以上経過しており、医療機関到着時脈拍触知不能であり溺水の予後不良条件を満たしていました。

事例解説

*3:低体温による呼吸・循環の変化

溺水から直ちに窒息に至らなくても冬季の場合は体温低下により恒常性の維持は難しくなってきます。判断力の低下や意識レベルの低下、筋肉の動きも悪くなります。

さらに呼吸中枢が抑制されることで呼吸数は減少、1回換気量が低下してきます。

循環も最初は頻脈を呈しますが、深部体温低下が著明になると伝導に傷害をきたし、除脈となります。心拍出量も低下し末梢循環不全となり、深部体温が30℃まで低下してくると絶対性不整脈を呈し、25℃を下回ってくると致死性不整脈から心静止となり死に至ります。

そのほかにも急激に冷水にさらされた場合、迷走神経が刺激され致死性不整脈を起こし溺水することもあります。

低体温の程度は、水没した時間に依存します。高度低体温を呈する溺水傷病者は、特に救命の可能性が低いことになります。

しかし、冷水に水没すると反射で除脈と末梢血管収縮がおこり脳血流や心冠血流を維持し、心臓の仕事量を減らすことができ、生命維持に必要な重要臓器の保護に役立つとされています。この反射は乳幼児で起こりやすく成人よりも冷水中の生存確率が高いとされています

*4:ガイドライン2010

前述で示した症例のように、傷病者の体が氷のように冷たく感じられて、深部体温が低下しているような場合は、従来では電気ショックは1回にとどめるべきとされていましたが、「JRC蘇生ガイドライン2010」では、その制限がなくなり、BLSの標準的なアルゴリズムに沿って電気ショックを実施することとなっています。

症例2では、ガイドライン沿った対応により医師の具体的指示下で2回目の除細動を搬送中に実施しています。

6. おわりに

水没した溺水者を早期に発見し救出することは非常に困難であり、当地域の過去の事例からも溺水による心肺停止傷病者の予後は悪い結果となることが多いです。

しかし、稀ではありますが低水温環境下で浸漬となった場合は、神経学的後遺症を残すことなく社会復帰する可能性ものこされています。

このような環境下では、末梢血管は収縮し触知しにくく、高度な低体温では筋の硬直もみられ早期死体現象と誤認することも考えられます。

したがって当地域のように冬期間に極めて低水温となるような環境でこのような症例に遭遇した場合、躊躇なく蘇生を開始し、早期搬送することを怠ってはならないと強く感じました。


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13.5.24/4:42 PM