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130806外国人救急搬送事例


講師
葛西 浩規(かさい ひろのり)
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稚内地区消防事務組合消防署
警防第一課消防施設グループ

消防士拝命平成7年4月
救急救命士合格平成21年4月
趣味 球技全般


は じ め に

写真1
ロシア船

稚内市は、日本最北に位置し宗谷海峡をはさんで東はオホーツク海、西は日本海に面し、宗谷海峡からわずか43kmの地にサハリン(旧樺太)を望む国境の街で、稚内と交流の盛んな隣国ロシアをはじめとする北方圏の玄関口ともなっているため、外国人漁業関係者(船員)が多く滞在します(写真1)。そのため外国人救急患者が発生することも多くあります。



写真2
稚内港国際旅客ターミナル

外国船の稚内港への入港は年間約4千隻をピークに減隻しているものの、まだまだ出入港が多くあるのが現状です。また、稚内港国際旅客ターミナル(写真2)から国際航路(稚内-ロシア・コルサコフ港)があり観光客も多く訪れます。その中でも今回はロシア人漁業関係者の救急事例をいくつか紹介したいと思います。




写真3
道路標識もロシア語が標記されている。

そのため、稚内では道路標識も他地域とは異なりロシア語が標記されています(写真3)




事例1

覚知は23時通りがかりの日本人からの119番通報。

路上で、20-30歳代のロシア人男性1名が倒れている。どこかわからないが、かなり痛がっているおそらく車に轢かれたと思うとの通報。

写真4
傷病者は苦悶表情、体に触れるだけで大声を上げる状態

現着時、国道片側2車線の路上で右側臥位、該当車両は見当たらない。傷病者は苦悶表情、体に触れるだけで大声を上げる状態(写真4)。

写真5
痛みで開眼出来ない状態でジェスチャーも使えない

片言の英語も通じず、ロシア人専用救急シートを使用し質問するも、痛みで開眼出来ない状態でジェスチャーも使えない状況のため詳細は不明(写真5)。

ロシア語の単語で質問し何とかこたえてくれるものの、意味を理解することはできませんでした。

入電時から関係機関に連絡しているが現着が遅れていて詳細は全く分からない状況でした。

全身観察の結果は腰部全体に痛みがあるものの、打撲痕や軋轢痕などは無く、他に外傷はありませんでした。バックボードで全身固定し車内収容。初期バイタル、搬送途上バイタルは変わらず安定している状態でした。

写真6
船に戻る帰路で口論となり、投げ飛ばされた

後日判明した結果は、市内で船員仲間と飲酒後、船に戻る帰路で口論となり、投げ飛ばされ(写真6)、

写真7
道路に腰を打ち付け既往であった腰椎ヘルニア症が悪化した

道路に腰を打ち付け既往であった腰椎ヘルニア症が悪化した(写真7)というものでした。

事例1解説

救急種別では急病、一般負傷(とくに船内での怪我)はもちろんのこと、加害(飲酒中のトラブル)水難が平均と比べ多いのが特徴です。
119番入電は市内業者の船舶代理店経由で入電することもあり、日本語での通報もあります。しかし、場合によっては直接ロシア人からの119番通報もあります。その場合は、指令台操作で『近くにいる日本人に変わってください』との音声合成が流れるようになっています。
日本人に変われる状況下にない場合は、通信員がロシア語マニュアル(写真8,9)で対応します。


写真8
通信員用ロシア語会話表

写真9
ロシア語傷病者シート


事例2

写真10
船倉

覚知午前1時、船舶代理店(日本人)からの通報。港に着岸している外国船の船倉(船舶で、貨物を積んでおく所。上甲板下方にあり、隔壁で囲まれる)(写真10)で40歳代ロシア人男性が心肺停止状態との通報。通信指令員により通報者へ口頭指導実施し、その旨、ロシア人船員同僚に心肺蘇生を行ってもらうよう伝えました。

救急隊(4名)救助隊(4名)同時出動。現場到着し救急隊は隣接されている階段梯子から侵入し患者接触CPA確認。近くに同僚船員3名居るもののBS-CPRはなし。階段の角度は急で、狭く傷病者の体格も大柄なため、階段からの救出は困難と判断し、救助工作車クレーンによる低所救出を選定。

関係機関は現着していないため通訳は居ない。状況から判断し、転落(高さ約4m)の可能性もあると考えていたが目立った外傷はなし。

写真11
早く甲板に上げろというジェスチャーで興奮状態

同僚に状況を聞こうにも早く甲板に上げろというジェスチャーで興奮状態(写真11)。

写真12
救急隊の説明は伝わらない

救急隊の説明で傷病者に対する救急救命処置と救出方法を説明するが伝わらず(写真12)、

写真13
強引に傷病者を抱きかかえようとする

強引に傷病者を抱きかかえようとし聴取どころか活動にも支障の出る状態(写真12)。

写真14
ロシア人専用救急シートを使用しICを取るにも思うように理解してもらえない

救急隊1名は制御と説明に追われ救急活動は3名で実施しました。特定行為指示要請しロシア人専用救急シートを使用しIC(インフォームドコンセント)を取るにも思うように理解してもらえず(写真13)、時間を要しました。

バスケット担架に傷病者収容し車内収容。同時に通訳警察官現場到着し救急車に同乗してもらい病院へ向かいました。
警察官の聴取で判明したことは、船倉で作業中に気分が悪くなり休憩中に状態が悪化したこと、また既往症で心疾患があったとのことでした。

事例2解説

当消防署では、出動先が外国船内の場合、救助隊またはポンプ隊が協力出動します。船内は狭隘な空間が多く搬送困難が想定されるため、また、船から陸への患者搬送の安全確保のために協力出動の形をとります。

問題は何と言っても言葉の壁がありコミュニケーションがとれないことです。他の機関には通訳がいますが消防にはいません。現場に通訳を要請してもなかなか良いタイミングで合流することは困難です。ロシア人専用の救急シートを活用することもありますが、やはりそのシートにあてはまらない状況であったり、開眼できない状態では全く意味をなさないのが現状です。

全職員対象で数回ロシア語講座の講習会を開催したこともありますが、やはり、なかなかマスターできるものではないのも現状です。

数年前から比べると関係機関とのホットラインは強化されてきているものの、周りに日本人がいない状況でのCPA事案(外国船内等)も年に数回発生しています。そのため、船舶代理店や警察官(通訳)への応急指導員の取得や口頭指導の修得を考えていく必要があるのではと考えます。

また、ロシア人専用救急シートも簡潔でわかりやすさ、使いやすさに重点をおき、幾度か改善を行っています。まだまだ対応出来ない症例(事案2のような関係者に対する説明や同意を得るもの)もあるため、ロシア人対象にアンケート調査等を行い、より良い救急活動が行えるロシア人専用救急シートを作成する必要があると考えています。

ま と め

ロシア人傷病者の事例を2つ紹介しました。
ロシア人専用救急シートの改善やロシア語の習得など消防側の努力に加え,行政からの協力も得つつ,外国人傷病者への救急対応の向上が図れるよう努力していきたいと思います。
 


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