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第14回
稀な救急疾患:左上下肢に麻痺を呈した事例

講師 藤浪匡史(ふじなみただし)
所属:吉田町牧之原市広域施設組合消防本部吉田榛原消防署
出身:静岡県牧之原市
消防士拝命:平成16年4月
救急救命士合格:平成25年4月
趣味:カラオケ

写真1 歩道橋型津波避難タワー

吉田町牧之原市広域施設組合消防本部は静岡県のほぼ中央に位置し、吉田町と牧之原市の一部(旧榛原町)を管轄しています。人口は5万4284人(平成22年国勢調査)、面積は74kFで、大井川河口から西へ約8・5kmの海岸線を有しています。

牧之原市は、お茶の一大産地であり、牧之原台地には広大な牧之原大茶園があります。(写真2)

また、平成21年には富士山静岡空港が開港し、国内をはじめ、アジアの玄関口として多くの方に利用され、東海地震発生時などの、有事の際には広域搬送拠点として利用されることになっています。(写真3)

消防組織体系は1本部1署で構成され、職員数は64人、平成25年中の火災出動件数は27件、救助出動は26件、救急出動は1661件となっています。

事例

今回は、救急疾患としては稀な急病による特発性脊髄硬膜外血腫を搬送した症例について、搬送途上の考察を交えて紹介させていただきます。

覚知状況

平成25年8月某日18時23分、出場途上
出場から現場到着までに要した時間は8分間で、通報内容の「首と肩の痛みで、動くことが出来ない。」とのキーワードから、この時点では、首の痛みが後頸部痛ともとれるのでくも膜下出血、肩の痛みから心筋梗塞、あるいは寝違えた等の外傷に起因する疾患も考えながら活動するよう隊員間で共通認識を持って現場に向かいました。

現場の状況

接触時
救急隊が玄関を入ると、傷病者は上り框に腰を掛け、右手で左肩を抱え込むようにしており、左肩甲骨付近の強烈な痛みと左上下肢の脱力感を訴えていました。そこで左肩甲骨付近の強烈な痛みから、背部の激痛が症状の一つである大動脈解離の可能性も十分あると考えました。

観察

心電図測定に関しては、胸痛を訴えていなかったこと、また傷病者が座位であったことから、車内収容後に実施することとしました。

ストレッチャーに移動する際、傷病者は立ち上がろうとしましたが、すでに左上下肢に力が入らず立ち上がることが出来ないため、救急隊員が傷病者をストレッチャーに移動し、車内に収容しました。

車内

車内収容し、?誘導で心電図を測定したところ、特に異常波形は見られませんでした。

搬送先病院については、管内の唯一の二次医療機関に受け入れ許可を得て搬送し、搬送中の意識レベル、バイタルサインは特に変化はありませんでした。

考察

この時点で、観察で得た情報をもとに、出場途上に考えていた疾患も含め、再度考察してみました。(資料3)

くも膜下出血
好発する年齢で、激しい頭痛はないが、通報時には首の痛みがあった。しかし、嘔気や心電図上の異常刺激はなく、呼吸音に異常も感じられない。

大動脈解離
好発する年齢で、現病歴に高血圧症がある。移動痛や痛みが軽快していくことはないようだが、背部の激痛は気になる。左上下肢が脱力しているのに、血圧の左右差が無い。

心筋梗塞
胸痛、冷汗、嘔気、心雑音、心電図上に異常波形は見られないが、左肩の痛みが放散痛に関係していないか気になる。

病院収容

診察の結果、特発性脊髄硬膜外血腫及び高血圧症との診断で、近隣の脊髄脊椎疾患治療センターがある藤枝市の藤枝平成記念病院へ転院搬送となりました。

転院搬送時の傷病者の状態は、意識レベルはJCS清明、血圧は薬剤(右肘正中皮静脈に静脈路確保)によりコントロールされ、収縮期血圧142mmHg、拡張期血圧87mmHg、脈拍は橈骨動脈で1分間に108回、SPO2値はカニュラによる2Lの酸素投与下で95%、脳神経症状はなく、左上下肢に不全運動麻痺があり、知覚障害はありませんでした。

その後の経過

男性は同日に、緊急手術(硬膜外血腫摘出術)を受け、頸部の脊髄を圧迫していた血液を50CCから60CC除去したとのことでした。その後、マッサージ、電気治療、ストレッチなどのリハビリを経て、現在は2か月に1度の外来通院と、リハビリ治療を行い、時々痺れが出る程度までに回復したそうです。

症例解説

今回の傷病者を担当した、藤枝平成記念病院の高橋医師によると、

「脊椎の硬膜外血腫自体は、発症率が非常に低い疾患です。外傷や骨折を機に起こり得る疾患ですが、今回のように原因を特定できない特発性は極めて稀です。この疾患は、頸椎又は胸腰椎の移行部に起こりやすく、急激な激痛で発症します。出血は、左右片側に偏って起こることが多く、30分-1時間程度の時間を経て、手足に脊髄神経症状が出現し始め、片麻痺が著しくなってきます。

頸椎で発症した場合、脳卒中との鑑別は専門家でも間違えるほどでありますが、片麻痺が著しく出ていても構音障害や顔部の神経症状が無く頸部に尋常でない痛みを伴うのが特徴です。胸腰椎の移行部で発症した場合は、背部にかなりの激痛で発症するため、大動脈解離の症状に似ていることから、現場での鑑別は困難であると思われます。
(写真4、5)
救急隊が現場で遭遇する場合、激痛を発症しすぐに救急要請される方と、この症例のように、我慢し様子をみてから脊髄神経症状が出始め、救急要請をされる方と2パターンあると思います。

発症原因に挙げられるのは、外傷や骨折のような外的要因が一つ、外的要因以外では、血管奇形や腫瘍からの出血が特殊な原因としてあげられます。また、抗血小板薬や抗凝固薬を服用している場合、止血効果を抑制するため、出血がおこった際に症状が増悪する原因になります。」

救急活動では、今回の事例のように傷病者に何が起きているのか見当がつかないうちに病院に到着してしまうことは、少なからずあることだと思います。救急隊員としての活動の目的は、傷病者の苦痛を軽減させるために、適切な処置を行い、状態を悪化させず医療機関へ搬送し、医師に引き継ぐことだと考えます。いくつかの情報から当てはまる疾患を検討し、その病態を十分理解しておかないと適切な処置は出来ません。そのためにも、経験を積むだけでなく、日々進歩していく医療に十分対応していけるよう、医療に従事している自覚と責任を持ち、基本を忘れず、学習し続けることが必要であると感じました。

協力
医療法人社団平成会藤枝平成記念病院
脊髄脊椎疾患治療センター高橋敏行医師


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14.7.26/10:51 AM