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151227低血糖による意識障害症例

氏名  横山 正志(よこやま ただし)

所属  南宗谷消防組合 中頓別支署
出身  北海道枝幸町
消防士拝命  平成5年4月1日
救急救命士合格  平成20年
趣味  キャンプ、BBQ

1.はじめに

 私が所属する南宗谷(みなみそうや)消防組合中頓別(なかとんべつ)支署は、北海道の北部、北緯45度線上に位置する中頓別町にあります。夏は+30度、冬は-30度近くになり積雪も多い地域ですが、雄大な自然に恵まれた町です。中頓別町は、明治末期に町内を流れる河川で砂金が発見され、一攫千金を夢見た多くの人によりゴールドラッシュが沸き起こり、その後先人たちが定住し開拓が始まりました。現在は、酪農と林業を主要産業とした人口約1,900人の町であり、消防職員13名が一致団結し火災、救急、救助業務に当たっています。


2.低血糖による意識障害とは
  
 低血糖は、経口血糖降下薬やインスリン投与によるものなど様々な原因で起こりますが、私達救急隊が多く遭遇するのは、糖尿病治療中に血糖コントロールが上手くいかずに低血糖になった傷病者ではないでしょうか?

 糖尿病は、インスリンの血糖を下げる機能が低下し血糖値が上昇した状態が続く病気であり、治療方法として経口血糖降下薬やインスリン投与を行い血糖値を下げています。しかし、時として血糖値が下がりすぎてしまい低血糖状態*1となります。原因としては、食事の間隔をあけ過ぎた場合や食事の量が少なかったとき、いつもより多く運動したとき、経口血糖降下薬やインスリンの量を間違えて多く摂取した場合などがあります。血糖値が40-50mg/dlより低くなった場合には冷汗、気分不快といった前駆症状が現れたのち意識障害に陥ります。

*1低血糖状態
 血糖値は通常70mg/dl以上に保たれていますが、様々な原因により血糖が下がりすぎると色々な症状が現れます。
 血糖値が70mg/dl以下になると、空腹感やあくび、動悸、ふるえなどの症状が現れ、50mg/dl以下になると倦怠感や気力が無くなるなど中枢神経の働きが低下したり、発汗、顔面蒼白などの症状も現れます。さらに血糖値が下がり、血糖値が30mg/dl以下になると意識消失や異常な行動をしだしたり、痙攣や昏睡状態から死に至ることもあります。

※ その他、低血糖時の症状は以下のとおりです。
 ・ めまい
 ・ 脱力感や強い疲労感
 ・ 集中力低下や混乱状態
 ・ 目のかすみ
 ・ 言葉が出にくい、ろれつが回らない
 ・ 動作が上手くいかない、片麻痺


3.救急救命士の処置範囲の拡大

 平成26年4月1日より救急救命士の行う救急救命処置に「心肺機能停止前の重度傷病者に対する静脈路確保及び輸液、血糖測定並びに低血糖発作症例へのブドウ糖溶液の投与」が追加されました*2。今後は必要な講習及び実習を修了すると、救急救命士が血糖測定を実施し、低血糖による意識障害の傷病者に対してブドウ糖溶液の投与が出来るようになります。救急隊員なら少なからず低血糖による意識障害症例を経験し、医療機関での血糖補正により嘘の様に傷病者が意識回復するのを見たことがあるかと思います。今後、今回の処置範囲の拡大により、観察結果や家族などからの情報で低血糖による意識障害が疑われる症例に出動した場合、傷病者が医療機関へ搬入されるまで意識障害が続くのではなく、救急隊の処置により意識が回復し早期に普段どおりの生活に戻る傷病者が増えることが予想されますので、低血糖の把握はますます重要になってきます。
 今回は、低血糖による意識障害症例を2例報告します。



*2救急救命士の処置範囲の拡大について
 「心肺機能停止前の重度傷病者に対する血糖測定及び低血糖発作症例へのブドウ糖溶液の投与」
 ・ 対象者
  (1) 血糖の測定
     @ 次の2つをともに満たす傷病者
      ・ 意識障害(JCS≧10を目安とする)を認める。
      ・ 血糖測定を行うことによって意識障害の鑑別や搬送先選定等に利益があると判断される。
      ※ ただし、くも膜下出血が疑われる例などで、血糖測定のための皮膚の穿刺による痛み刺激が傷病者にとって不適切と考えられる場合は対象から除外する。
     A 上記@による血糖の測定後に、医師による再測定を求められた傷病者。
  (2) 静脈路確保とブドウ糖溶液の投与
     次の2つをともに満たす傷病者
     ・ 血糖値が50mg/dl未満である。
     ・ 15歳以上である(推定も含む)。
  ※ 「静脈路確保とブドウ糖溶液の投与」は特定行為であり、医師による事前の具体的な指示を必要とする。
  ※ 「血糖の測定」については特定行為ではないため、具体的指示は必ずしも必要ない。ただし、血糖の測定を試みた場合は、オンラインMCの医師、もしくは搬送先医療機関の医師等に、血糖測定の実施とその結果等を報告する。


4.事例

事例1

 10月下旬の深夜0時頃、「父がソファーから起き上がれず、右手右足を動かせないようです。脳梗塞かもしれませんので救急車をお願いします。」と傷病者の息子さんより救急要請があり出動しました。
 現場到着し傷病者宅に入ったところ、傷病者は60歳代の男性で居間のソファーに仰臥位で昏睡状態(写真1)、痛み刺激に対し少し手足を動かしたため、意識レベルはJCS200と判断しました。

写真1
居間のソファーに仰臥位で昏睡状態の傷病者

バイタル測定すると、呼吸数は20回/分、脈拍数は橈骨で73回/分、血圧は152/84mmHg、SpO2は98%でした。瞳孔は両側3mm、対光反応は両側ともにぶい状態でした。四肢の神経症状を調べたところ(写真2)、右手右足に反応が無く右片麻痺と判断し、「通報内容どおり脳梗塞なのかな?」と思いながら活動しました。

写真2
四肢の運動麻痺の検査。右肩麻痺と判断

 傷病者の息子さんから情報を聴取したところ、「19時頃に薬を飲もうとしていたが、右手が上手く動かないようで一人では服薬出来なかった。その後、様子を見ていたら23時頃からいびきをかき始め、左手左足は動かすが右手右足をまったく動かさないため救急車を呼んだ。3ヶ月ほど前に胃の摘出手術を行った。」との情報を得ました。通報内容、家族からの情報、観察結果での右片麻痺から脳血管疾患を疑いながら搬送し直近の医療機関に到着、医師に引き継ぎました。

 病院内で処置の介助を行っていたところ、看護師より傷病者が糖尿病患者であると聞きました。看護師が血糖値を測定したところ(写真3)低血糖状態であることが判明、

写真3
看護師による血糖値測定

医師の指示によりブドウ糖が投与されたところみるみる意識が回復し、救急隊が病院を引き揚げる頃には会話可能(写真4)で右片麻痺の症状も消えていました。後の医師からの確定診断名は低血糖発作となっていました。

写真4
みるみる意識が回復し会話可能になった


事例2

 8月中旬の夕方、警察署より一般電話で「単独交通事故で傷病者1名がいます。めまいを訴えているので、救急車をお願いします。現場にパトカーが止まっています」との通報で出動しました。

 現場到着し警察官に状況を確認したところ、「パトカーでパトロール中に国道より路外逸脱した軽トラック(写真5)を発見、運転席に傷病者1名が乗っている状態でした。

写真5
国道より路外逸脱した軽トラック。実際の写真

私達が話しかけたところ、傷病者がめまいを訴えたため警察署に救急車の出動要請を依頼し、傷病者を車内より救出してパトカーの後部座席に乗せた」とのことでした。傷病者は80歳代の男性で救急隊が接触し観察したところ、こちらの問いかけに開眼せず痛み刺激を与えると手で払いのける状態だったため意識レベルJCS100と判断しました。気道開通は良好、呼吸数は正常、脈拍数は橈骨動脈で正常でしたが意識状態が悪いためロード&ゴーの適応と判断しました。

その後リザーバーマスクで酸素10P投与、全身観察では異常所見なし(写真6)、

写真6
全身観察では異常所見なし

バックボードに固定し車内収容(写真7)しました。

写真7
バックボードに固定し車内収容

車内収容後に詳細なバイタル測定を実施したところ呼吸数は18回/分、脈拍数は橈骨動脈で60回/分、血圧は174/95mmHg、SpO2は98%で瞳孔は両側3mm、対光反応は両側ともにぶい状態でした。搬送先病院へファーストコールした後に搬送を開始したところ、医師より救急車積載の携帯電話に連絡があり、「傷病者は糖尿病患者であり、たまに低血糖による意識障害を起こすことがある」と情報提供がありました。搬送中、一時的に不穏状態となり傷病者が暴れだしたが、状態悪化することもなく直近の医療機関に到着し、医師に引き継ぎました。

 医師からの確定診断は全身打撲となっていましたが、後日医師に聞いたところ外傷はたいしたことはないとのことでした。傷病者本人に事故原因を聞いたところ、「普段より長くパークゴルフを楽しみ食事も少ないまま車で近隣の町へ出かけようとしたところ、運転中に意識を消失した」とのことで、傷病者本人も「意識状態が悪かったのは低血糖によるものだった」と理解していました。傷病者は病院内で低血糖が判明しブドウ糖が投与され意識回復、数日間入院したが大きな外傷もなく、元気に退院しました。


5.考察

 どちらの症例も、糖尿病患者の血糖コントロールが上手くいかなかったために低血糖による意識障害を起こして救急要請となったものです。ですが症例1では脳梗塞を疑い、症例2では交通事故による意識障害を疑って活動しました。通報内容や現場状況に固執してしまうと、本当は傷病者の身体に何が起こっているのかを見失ってしまうと認識させられた症例でした。

 今回の2例中、救急隊が低血糖の可能性を知り得たのは症例2です。症例2では、医師より救急隊へ傷病者の低血糖の可能性が知らされていました。しかし、この時には救急隊では血糖測定することが出来ないため医師からの情報を生かすことができず、ロード&ゴー症例として医療機関への早い搬送を優先しました。もしこの時に血糖測定することができれば、確実に交通事故による意識障害なのか低血糖による意識障害なのか判別でき、医療機関到着前に医師の指示を受けてブドウ糖溶液の投与を行い、もっと早くに傷病者は意識を回復できたはずです。

 今後、血糖測定とブドウ糖投与が行える救急救命士が増えていき、低血糖による意識障害傷病者が救急隊により病院到着前に意識回復する可能性が高くなると思われます。


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15.12.27/4:46 PM