肺ガン胸椎転移による脊髄損傷』

山本正

(座長席むかって左)

遠軽地区広域組合:救急救命士


症例

62歳、男性

13ヶ月前に原発性肺腫瘍(腺癌)にて左肺下葉切除術施行。

6ヶ月前より肋骨転移を指摘され、1ヶ月前には胸椎・腰椎転移を指摘され通院加療中であった。

1週間後には胸腰椎転移巣に対して放射線療法が予定されていた。

3日前より歩行時の脱力感を自覚したが放置。

本日起床時、両下肢が麻痺していることに気づき救急車の出場を要請した。

理学所見

意識清明、体温35.5℃、血圧120/72mmHg。

劔状突起以下の知覚低下を認めるが知覚の完全脱出は認めない。

痛みはない。

上肢の筋力正常。左下肢の筋力は正常を5とすると右は3、左1。

尿意はわかる。

Q1

問診で必要なことは

Q2

搬送時に注意すべき点は。外傷プロトコールに沿っての考察を求める。


A1:問診で必要なことは?

救急活動における問診は、「主訴」「現病歴」に始まり「既往歴」「生活歴」で終わるものであり、この中で重要となるのが「主訴」と「現病歴」である。

しかし本症例の場合は、「既往歴」(病歴、通院歴など)の聴取が鍵を握る。

A2:搬送時に注意すべき点は?(外傷のプロトコールに沿って)

四肢麻痺のある救急疾患は、脳血管疾患や脊髄損傷が主である。本症例では意識清明、及び既往症から前者を否定し、肺腫瘍転移による脊髄損傷(骨折)を念頭に置き、全身固定を行ない搬送する事が必要と考えられる。

【解説】

1)責任病巣について

主訴及び現病歴は両下肢の麻痺で特に痛み等の訴えなし、既往歴及び生活歴聴取の段階で、1週間後に肺腫瘍の胸腰椎転移巣への放射線治療の予定があり、3日前まで歩行可能で脱力感を感じたが放置との訴えにより発症はその日と推測される。

以上の問診から、この患者の現疾患を推測すると脊損を第一に考慮しなければならない。外傷後、四肢の一部もしくは全部が動かせない場合、脳・脊髄、または末梢神経のいずれかの損傷が疑われ、意識清明で(脳神経に異常なく)上肢・下肢に自動運動の障害があれば頸髄損傷、下肢のみの障害であれば胸髄・腰髄損傷が強く疑われる。

2)現在、プレホスピタル・ケア領域で標準化が進められつつある病院前外傷救護プログラムを本症例に当てはめ考察してみると、

プログラムを本症例に当てはめ考察してみると、転倒・転落等による高エネルギー外傷事故ではなく、ガン転移による胸腰椎損傷(ガンの骨転移患者は、「骨折しやすい(※1)」と言われている)のため、頚椎固定保護の必要性はないと考えるが胸椎以下の固定は必須である。そこで、病院前外傷救護プルグラムのプロトコールに添って、初期評価(意識、呼吸、循環)、簡易全身観察(緊急処置の必要性、四肢麻痺)後に、骨折部位の動揺による二次損傷防止及び疼痛緩和のために患者収容にはスクープストレッチャー等の固定器具を配置し、ログロール(※2)を行ない収容搬送する。

3)病院内経過

本症例ではすでに胸椎への肺腫瘍の転移が明らかであった。今回の症状はこの転移巣による脊髄の圧迫による。

悪性腫瘍による脊髄麻痺は、発症してしまえば手術によっても回復は見込めない。しかし、本症例ではまだ下肢の筋力が正常の半分であるが保たれていること、膀胱直腸障害が出現していないことから、これらの神経を麻痺させないために手術的に脊髄を除圧することとした。

胸部レントゲン写真では、左第4肋骨の骨折(手術時の意図的な骨折)と右胸腔への腫瘤の突出が見られる。脊椎骨の吸収像はこの写真では明らかではない。

胸部レントゲン写真側面像。胸椎の圧迫骨折がみられる。

MRI. Sagital view。椎体が崩れて脊髄を巻き込んでいるのがわかる。

Th7のMTR.椎体はすでに形を留めていない。

緊急手術が行われた。腫瘍を切除し胸椎を後ろから固定する手術である。

【文献】
※1 今日の救急治療指針
※2 救急救命スタッフのためのBTLS(プレホスピタル外傷学)


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