OPSホーム>救急の周辺>151105 都合のいいところでエビデンスは決まる

これで上司も市民も納得! 基礎からの統計教室

第3回
都合のいいところでエビデンスは決まる

例題

4月になって新人として大学上がりの救急救命士があなたの消防に入って来ました。この新米救命士、大学で習って来たことをいちいち披露するのでカチンと来ます。消防学校入校前に薬剤投与のシミュレーション訓練を披露していた時には「アドレナリンって結局効果がないんですよね」と言い放ち、周囲を凍り付かせました。
さて、あなたなら何と反論しますか。

解説

消防さんの普通の反論は「生意気なこと言わないでちゃんと見てろ」か「そんな暇があったら腕立て30回」とかでしょう。
学問としては新米救命士の発言は間違ってはいません。ですが、どこを見て評価するかでエビデンスは変わってきます。



1.有意差がなぜ5%未満なのか

前回「統計学では通常確率が0.05に満たなければ有意差ありとします」と書きました。0.05とは5%、つまり100個中5個未満なら有意差ありということです。

前回と同じ、箱の中に赤い玉と白い玉が入っています。赤と白、どちらの玉が多いでしょうか。玉の数は全部で100以上はありそうです。前回あなたは手を入れていちいち抜き取っていましたが、根が面倒くさがりな「月刊消防」編集者の○○さんは、箱を逆さにして床に玉をばら撒きました(面倒くさがりな人間は後始末のことは考えていないのです)(図1)。

いくつかの箱があるので順にばらまいています(図2)。


Aの箱。ばらまいた数は100個.すると赤い玉が20個、白い玉が80個でした(=20%)。
Bの箱。赤い玉が10個、白い玉が90個でした(=10%)。
Cの箱。赤い玉が5個、白い玉が95個でした(=5%)。
Dの箱。赤い玉が1個、白い玉が99個でした(=1%)。

それぞれの箱には、まだまだ玉がたくさん入っています。それでは、○○さんはどの箱なら「絶対」白玉が多いと自信を持って言えますか。

肝は「絶対」と言い切るところです。
この場合は、太田幸宏さんを含め多くの人がCとDを選ぶようです。このことから5%を有意差ありとしています。


また、統計学で有名なフィッシャー先生が、正規分布の際の平均±2x標準偏差(SD)=95%を元に決めた(図3)という話もありますが、フィッシャー先生にしても「こじつけ」と言われれば反論できないでしょう(例えば、「なぜ標準偏差の2倍が良くて3倍では駄目なのか」)。

ということで、5%にそれほど説得力がある訳ではないのですが、習慣として使っています。



2.有意差にもレベルがある

これは前回も書きました。
箱の例ではA→B→C→Dになるに従って、「絶対」白玉が多いと考えるでしょう。



3.エビデンスはは1つではない

ではアドレナリンの話に戻りましょう。たった一つの薬剤でもいくつものエビデンスを作ることができます。

(1)救急隊員の立場
救急隊員は覚知で出動、現着、患者に接触して観察、蘇生を行いつつ病院へ搬送して収容します。アドレナリンは蘇生を行って入る最中に投与されます(図4)。

皆さんが見えるのは救急外来で医者に患者を引き渡すまでですが、今までの論文を総合すると、現場から病院での患者引き渡しまでなら心拍再開に効果があることが分かっています。
救急隊としては、アドレナリンは希望の薬なのです。

(2)医者の立場
医者は救急隊から患者を受け取り、挿管したりたくさん薬を使ったりして生命を維持します。その後に心停止すればそこで終わり、状態が安定すれば後遺症の重さに応じた受け入れ先を探すことになります(図5)。

医者の立場からすれば、いつまで心臓が動き続けるか、退院できるか、後遺症の程度はどうかが知りたい項目です。アドレナリンが有効なのは救急外来到着、長くても集中治療室収容までで、その後はアドレナリンの投与の有無は患者の生死や後遺症に影響を与えません。それどころか悪影響を及ぼすという報告まであります。
医者にとっては、死ぬべき人の心臓を無理矢理動かしている無駄な薬と考えることもできます。実際に1日経たずに再び心臓が止まる患者を私も多く見てきました。


4.時代とともに評価は変わる

一度でも心臓が動けば「蘇生成功」と喜んでいた時代が長く続いていました。20年前までは救急外来で心拍を再開させるためにアドレナリン(ボスミン)や重炭酸水素ナトリウム(メイロン)、塩化カルシウム(カルチコール)などを使っていましたし、30年くらい前には開胸式心臓マッサージも救急外来でよくやっていました(図6)。

ここからは私の推測になりますが、アドレナリンの効果が有効から無効になったのは時代が変化したためでしょう。30年前はまだ高齢化社会にはなっておらず、医療費も今に比べて余裕がありました。しかし今は老人が溢れていて医療費も老人によって消費されています。下手に蘇生させて植物人間を作り医療費を浪費するより、アドレナリンを使わずとも心拍再開して社会復帰できる患者が経済的に優れていることは明らかです(図7)。

ですので、現在のエビデンスは、患者(もしくはその家族の感情)よりも国家にとって都合のいいところに置かれていると私は考えています。
また、情報管理が進んで、大規模研究が行いやすくなったこともエビデンスの値打ちを変化させています。心拍再開だけなら1つの施設で数を集めることができますが、元々少ない生き残りの数を集めるにはたくさんの施設の症例を集める必要があるためです。当然たくさんの施設でのエビデンスの方が有り難みが増します。

5.答

新米救命士には、「病院前救護ではアドレナリン投与により心拍再開率を有意に向上させる」と説明しましょう。すると「そんなこと知っている」と反論して来るでしょうから、「現場で心拍が再開できなければ生存退院の可能性もないんだぞ」と畳み掛け、「傷病者や家族の心情が分からない奴には腕立て50回」を命じます。


6.まとめ

・一つの事柄でもいくつもエビデンスは作れる
・時代とともにエビデンスの有り難みが変わる


OPSホーム>救急の周辺> 151105 都合のいいところでエビデンスは決まる


http://ops.umin.ac.jp/

15.11.5/5:20 PM