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シリーズ 救命の輪をつなげ!女性救命士

第4回

トン・トン・エイト


なまえ 西脇 とし子 (にしわきとしこ)
nishiwaki.jpg
所属  海津市消防署 消防三課救急係兼予防係
出身  岐阜県海津市
消防士拝命年  平成8年
救命士合格年  平成17年
趣味 フットサル・旅行



シリーズ構成

冨高 祥子(とみたか しょうこ)
会津若松地方広域市町村圏整備組合消防本部 会津若松消防署


はじめに

 海津市は岐阜県の最南端に位置し、西部・南部を三重県に、東部を木曽・長良川によって愛知県に隣接しています。人口は約3万7千人、当消防本部は1本部1署2分署、職員数は64人(うち女性消防吏員は5人)です。平成8年に採用され、3交代勤務で、海津市消防署消防三課救急係兼予防係に所属しています(写真1)。

写真1
海津市消防署に所属しています

消防士・救命士を目指した理由

 平成8年、海津市初の女性消防士に拝命されました。

 私の祖母(享年83歳)は、60歳まで現役バリバリの産婆さんで、私の姉ふたりは祖母にとりあげられたそうです。姉(二女)は生まれつき体が弱く風邪をこじらせ2歳で他界しました。祖母は産婆さんという職について、生命の誕生と喜び、尊い命そして生きる喜び、苦悩など語ってくれました。仕事に誇りを持ち前向きな祖母の生き方に憧れ、剣道で培った体力を活かせる業に就きたいと思い、この消防の世界に飛び込みました。

 消防人生山あり谷あり、火災・救急活動での心配事や取れたらいいなと思う救急救命士の資格、そしてたくさんの命を助けたいなどいろんな悩みを祖母に打ち明けましたが、いつも大きな笑い声で私を励ましてくれました。しかし、祖母は突然体調を崩し、平成15年の秋祖父の誕生日に他界しました。この時私は、絶対に救急救命士になって一人でも多くの人を助けるんだと強く心に決めました。その翌年の9月に、救急救命士の養成所である救急救命九州研修所へ派遣が決定し、目標に一歩近づきました。

結婚・出産へ

 平成14年に結婚、そして妊娠・出産。お腹に子を授かった時、救急係から指令係に配置替えとなり、職場の方々にはいろいろ配慮していただきました。平成15年の夏、息子がこの世に誕生。その翌年の秋から救急救命九州研修所への派遣が決まっていたため、育児に家事はもちろん勉強が苦手な私には試練でした。多忙な毎日でしたが、家族や仲間の支えがあり無事に難を乗り越えることが出来ました。現在は子ども2人に恵まれ、息子はサッカー・フットサルに奮闘、娘は陸上競技とピアノレッスンなど、子ども達に良い刺激をもらい与えながら、それを生きがいにほのぼの暮らしています。私もフットサルにどっぷりはまってしまいママの部に所属して(笑)(写真2)充実した日々を送っています。

写真2
フットサル。ママの部に所属しています

薬剤追加講習

 平成25年第1期での入校でした。九州研修所で約一ヶ月間の座学と訓練に不安ではありましたが、入校その日に食堂で顔見せと班長選びがあり、Aクラス8班5名が集合しました。初対面のはずなのに、班員は皆明るくパワフルで直ぐに打ち解けることができ、じゃんけんで負けてまさかの班長を命じられました。戸惑いもありましたが、担当教官そして素晴らしい班員に恵まれ何事も助けられました。また、熱心な教授や教官の皆さまと最高の仲間に出会うこともでき、感謝の気持ちでいっぱいです。女性は8人(私を含む)いて、北は青森県から南は和歌山県。休憩時間になると休みはどこに出掛ける〜、今夜は女子会ね(写真3)〜など、プライベートでも仲良く楽しい時間を過ごすことが出来ました。

写真3
今夜は女子会ね。

 実習では、毎日が「泣き面に蜂」で、夜間・休日訓練も半端じゃないくらい厳しかったです。私は、BVM手技や胸骨圧迫の基本すら出来ておらず、情けない気持ちと悔しさで空を仰ぐ日々でした(写真4)。

写真4
厳しかった実習。毎日が「泣き面に蜂」でした(T-T)

もう家に帰りたい・・・と弱音を吐くこともありましたが、「トン・トン・エイト」8班の皆のおかげでこの辛さも吹っ飛びました。こんな厳しい実習も終盤になってくると、訓練で流した汗・涙の積み重ね、固い絆で結ばれた8班は私の財産・宝物となり、別れが近づくにつれ寂しさもあり些細なことで目頭が熱くなり、ずっとこの班で訓練が出来たらいいのにと現金なものです。

 修了式当日、お世話になった教授や教官の方々、そして研修生がエルスタホールに集合、全員で修了式(写真5)を迎えられたことに心から感謝とお礼を申し上げます。
「救命=Oxygen Delivery」本当にありがとうございました。

写真5
「トン・トン・エイト」8班。ずっとこの班で訓練が出来たらいいのに

平成26年元旦 救急出場

 「38歳女性、腹部に張りを感じ洋式トイレに座ったところ、破水と共に便器内に出産したもの」との通報内容で救急出場。接触時、トイレ脇で夫が新生児をタオルに包んで抱いており臍帯は繋がった状態でした。出産予定である○○クリニックへ電話連絡しオンラインで指示を仰ぎました(現場から○○クリニックまで約35分)。現場で臍帯を切断後、保温を施して車内収容。搬送途上に、体温低下と新生児の顔面にチアノーゼが現れたため補助換気実施、新生児の状態を考えると○○クリニックへの搬送はリスクが大きいため、搬送経路にある○○救命センターへ病院変更することを両親に伝え了解を得ました。母子2人を搬送する際は、PA連携必須と救急車の増強を念頭に置いて活動すべきと隊員間で課題を挙げました。

 数日後、お礼の電話がありました。「先日はありがとうございました。母子共に元気です。あの時、女性の救急隊員さんが見えたので心強く安心しました。子どもが大きくなったら伺います。大変なお仕事ですが頑張って下さい」と。この瞬間、消防士になってよかったなと改めて実感しました。

最後に

 私はこの仕事を天職とし、「現状維持は後退」前へ前へと歩んでいきます。

                             


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15.11.8/3:27 PM