OPSインタビュー佐藤敏彦:JPTEC北海道代表世話人


佐藤敏彦(さとうとしひこ)

千歳市消防本部
救急救命士
北海道救急医学会JPTEC協議会北海道支部代表世話人
2004-8-26 thr 16:00


昭和33年妹背牛(もせうし)町生まれ
(女子バレーの吉原選手は妹背牛3区で佐藤さんは1区です)
18歳まで妹背牛町
5年間自衛隊
昭和56年消防士拝命
昭和63年から救急専従
平成8年救命士

現在バスケット少年団の指導者としても活躍中


JPTECに手を染めるようになったのは、その前身であるPTCJのセミナーに参加したことがきっかけです。2000年に第一回石見外傷セミナーが開かれたことをパソコンで知って、第二回の石見外傷セミナーに参加させてもらいました。2001年の事です。

北海道として10名の枠があって、元市立札幌救急部の松原先生などが選ばれたんですけど、その枠の選考には漏れたんです。でも一般公募枠に入れたので行ってきました。青森の救命士の竹内さんが後押ししてくれたおかげです。


石見、空港から遠くて、山の中で、どんどん山奥に連れて行かれて、こんな山奥で何をするのだろうと不安でした。

一日目からすごい合理的なセミナーだと思いました。日本の救急にはなかったですね、理論もしっかりしていて、BTLSを日本向けにアレンジしたのがPTCJですけど。

二日目もつきあいまして、二日目の午後からはオスキー、試験がありまして、北海道からの参加者は全員合格して帰って来ました。この第二回セミナーに参加した人たちが現在全国で活躍しています。受講者は西日本が中心でしたけど、誰もが、救命士でも医師でも、これを地元で広めるべきだと確信したのです。

旭川外傷講習会

目からウロコでした。今までは我流だったんです。外傷について。そこに統一されたことを教わって基準ができたんです。この基準が必要だったんだ、この基準を北海道に広めないといけないと。

北海道では広めるのに苦労しました。資材もないし人もいないし。
PTCJ北海道を設立しまして、2002年の5月、初めて札幌でプロバイダーコースを開催しました。その時点まで北海道にはインストがいなかったので九州・四国・中国から著名なインストを呼んでNTTセミナーで実施できたのです。

でも資金は困りました。24人だったっけ、(吉田寿美さんと若松淳さんに)32人だっけ、私と同じ志を持つ人を一本釣りして受講させたんです。その前に石見セミナーに行った北海道の10人がインスト資格を取らないといけないんで、本州に出向いてインスト資格を取って、ようやく教える立場になって伝えていったんです。

「ハマる」というより「伝えざるを得ない」心境でした。インストコースで教わって来た中で印象的だったのが、「教えることは学ぶこと」ということです。教えることで救命士としても人間としても成長できるという印象を持ちました。


札幌外傷セミナー

2002年の秋、北海道でもインストを誕生させなければならないということでインストラクターコースを開催しました。そうでないといつも本州から人を呼ばないと何もできませんから。この時もそれぞれの地方で熱心な人を一本釣りしました。それで、インストコースをやってみて、初めの10人を中心に、言い方は悪いのですがネズミ算式にインストを育てていって、北海道の隅々まで広めていけそうだという感触を得ました。現にそのインストたちは今でもそれぞれの場所で活躍しています。

私は裏方として働きました。宿泊、食事、宴会の手配です。その時に初めてコースコーディネーターをやったんですけど、この時のインスト成功したのは石見に一緒に行った10人がスクラム組んで仕事をしてくれたからだと思っています。

コースの主催運営については、僕の役目はそろそろ終盤に来たのかなと思います。今はここにいる若松淳さんや吉田寿美さんたちが頑張っているので、僕が出て行く場面はほとんどなくなりました。

プロバイダーやインストのコース以外の仕事が僕にあるとしたら、インストラクターやインストになりたい人たちの資質を高めていくことかと思います。

今、インストは北海道で200人弱いて、さらにものすごい勢いで増えていってます。実際、顔が分からない人も多いです。そういう人たちと初めてコースで会っても、力量が分からないでしょ、見ていると、「ああ今ひとつだな」という人も「できるな」っていう人もいます。

インストコースでもプバイダコースでも、受講料を頂いて教えているわけです。受講者には何がしかのものを持ち帰ってもらわないといけない。受講者がきっちり理解できるような、受講者が将来は指導者になるようなコースにしないといけないわけです。でも、大人を教えるっていうのは難しいんですよ。女性もいますしその人の性格もありますしね。

消防職員は、表に立って何かを教えたり伝えたりすることが少ないような気がします。そういう場所もあまりありませんし。インスト用の講習会を開いて教えなければと考えています。一種のスキルアップですね。

一つの方法としては、チームを組んでラリーをやるとか、討論会、グループディスカッションをするとかがあると思います。

各コースごとに今までメーリングリストを作ってメール上で反省会をやっていたのですが、これでは参加しない人がいるんです。顔も見えませんし。ですからメーリングは止めまして、コース終わってから19時や20時から反省会を開くようにしました。そこで何がいいのか、何が悪いのか、明確にするようにしました。

各コースなのですが、現在は地域で完結できるようになっています。世話人の数もこの前増やしましたし、それぞれの地域、MC単位ででその人たちが開催することが可能になりました。今までインストが道央に多くて、その人たちが遠くまで出かけて教えなければならなかったのですが、そういうことも少なくなってきました。これはJPTEC北海道支部を立ち上げた段階からの目標でしたし、今のところ達成度は60%くらいくらいかな。

それと、新旧交代して、新たな世話人を作っていかないと。今年の秋以降に予定しているJPTEC北海道の規約改正に合わせて組織も変えていかなければと思います。今までコースを開催して頂いた救命士や医師に新たな世話人となってもらい、次の時代をになっていってもらいたいと思っています。

そこでまた世話人が増えるわけなのですが、そこはたった一つの目標、「Prevented trauma death」撲滅の旗に参集したのですから統率は取れるでしょう。まあ、世話人の上にお目付役みたいな人を置く必要はあるでしょうけど。そうして、JPTECが発展していくとともに世話人会も発展していけばいいと思っています。そうでないと、今まで頑張ってきた人たちの努力を無駄にすることになってしまいます。

それと、私はJPTEC本部の世話人もやらせて頂いていますけど、本部の動向として、今、全国にインストが増えましたので、その人たちに統一した基準を作り、新たな方向性を示し、さらに資金管理も厳格にできるように本部の中に作業部会をこの8月に作りました。具体的には教育認定部会、総務部会、財務部会と言います。ここで数々の問題を整理討議してJPTECの会長、現在は北総病院の益子先生に諮問し、それを受けて幹事会で決定してJPTECとして進んでいくようになりました。

その問題の中には、これは北海道でも問題となっているのですが、看護婦のインストラクター受講資格があり、今部会で練られています。現状では救急部の看護婦しかインストになれないんです。でも地方に行けば二次病院として救急をやっている。そこで懸命に努力している看護婦がインストになれないのはおかしいと。救急救命という共通認識を持ちながらインストになれないのはおかしいですからね。

僕自身は現在財務部に属していて、事業計画、予算、決算の仕事に当たっています。JPTECの収入は印税が全てなんです。この前出た「プロバイダーマニュアル」が爆発的に売れたおかげで現在は潤ってます。また9月にはJPTECテキスト、6000円くらいかな、それが出ます。この本は各養成機関の副読本に指定されそうです。この印税収入を使って海外のいろんな団体との交流、本部が主催するコース・行事、これはスキルの統一を図るためのもので、地方ごとにバラバラにならないための手段です。各地方からインストを呼んで本部主催で実施することになるのです。

北海道から本部に参加しているのは皆インストで6人です。本部でもいろいろなことが変わっていきますが、それをきっちり北海道に伝えて反映させなければならない、責任のある立場であると自覚しています。

旭川外傷講習会懇親会

これからのJPTECですか。北海道の場合は北海道救急医学会の傘下で組織的にしっかりしていますので消滅することはないでしょう。北海道救急医学会も看護部会があり救急隊員部会がある。それら先輩の部会のいいところを取り入れて発展させていこうと思います。

学会の位置づけに比べ、消防としての位置づけは脆弱です。JPTECがいいことは分かるのですが、じゃあ組織としてインストコースに職員を派遣するという話にはならないのです。勤務配置や予算に関わりますからね。どうやっていくか難しいところです。

一番いいのは国がJPTECを後押ししてくれることなのでしょうけど、国としても気管挿管があり薬剤投与があり、順番があるんです。ですからJPTECが列に並んだとしても順番が来るまではいつになるか。でもその順番が回ってきた瞬間からは一気に攻めていきますよ。

僕としては、今まで通り志の高い人たちを集めて外傷初療を広めていければいいなと思っています。楽しくないとコースじゃないんですよ。本部世話人だからといってふんぞり返っていたって自分も周りも楽しくない。楽しいからコースを開きますし、楽しいからインストラクターをやっています。ずっとインストとして教えていきたいと思います。

そして、僕が定年になる頃には今のインストたちが高い地位に就いているでしょ、しっかり管理者になってもらってJPTECをスタンダードにしてもらいますし、実際になっていると思います。


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