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写真:炭谷貴博(中頓別)

有働裕妃(うどうひろき)

深川地区消防組合幌加内(ほろかない)支署

2005-11-5 sat 17:23

東京に行けと言われたのは去年の夏です。何月か忘れましたが。いまはもう勇退された前支署長が助役と話して、救命士行ってみないかと突然話がありました。「え〜」ですね。それと、締め切りが明日だって。「明日まで上に返事しなければいけない」って。即答を求められたのですが、「一日待ってください」ってお願いしました。

家に帰ってかみさんに相談したところ「願ってもないチャンスなのだから行ったら」と言ってくれました。

でもその時は自分は半ば救急は冷め始めていたときで、「ううん、ちょっとなあ」という気持ちはありました。アメリカに行ってすぐでしたら即答だったのでしょうが、いまは平和な消防、公務員で妻と子供もいて、過不足なく勤めていれば一生安泰というレールに乗っていくのかなあと思っていたいたのです。かみさんと話をして自分自身に気合いを入れ直しました。

次の日に支署長に「謹んでお受けいたします」と返事をしました。

この時に支署長に言われたことは、「町の貴重な公費を使うのだから、絶対に受かってこい」と。それがものすごくプレッシャーになりました。「お前が落ちたら、このあとの幌加内町の救命士養成の予定は消える」と。町長からそういわれたそうです。

救命士研修所に入所するまで9ヶ月ありました。

まずやったのは救命士テキストを買ったことです。知り合いの救命士はいっぱいいるのでそれぞれから話を伺ったところ、「とりあえず救命士テキストを3回読め」とのことでした。

「1回目は分からなくていいからとにかく読め。2回目は文章を読みながらイメージして読んでいきなさい。3回目にはおそらく何となくこういう物だという程度は理解できるだろう」と。

ところが、3回読んでも全然理解できませんでした。

何が理解できないかというと、イメージができないんです。例えば、血液ですね。骨髄でリンパ球とか、炭谷貴博(中頓別)が言っていたような染み出しホースのようなイメージとか、考えるのですけど、全然イメージがわかない。これは入所しても同じでした。赤血球の変形くらいなら分かるのですが、B cell, T cell、何それ、って。

並行してやったのが、誰でもやる過去資料集め。研修所の先輩を手当たり次第に当たってコピーを取らせてもらいました。

そのコピーを取ったところで、その資料がいっぱいになったところで満足してしまったんです。本当は全然勉強していないのに勉強した気になったのです。

それと、国試の過去問にチャレンジしました。過去5回分。でもやっただけでどこで間違ったかも全然見直していなかった。これもやったということだけで満足してしまったんです。

言い訳になりますが、毎日たくさんの時間は取れませんでした。言い訳ですね。今考えると短時間でも集中してやれば良かったのに。

家では全然勉強できませんでした。物音一つしても気になる性格ですし、家族が何をしているかも気になる。たとえば、一人娘を21時に寝かしつけるのですが、それも自分が寝かしつけないと気が済まないのです。寝かしつけるときには22時になったら起きて勉強しようと思っているのですが、そのまま朝になっていたことがいっぱいあります。

このままではいけないと自覚したのが2月、入所の2ヶ月前です。この時になって初めて過去問の間違いの見直しをしたんです。そうしたら時間があっという間に過ぎて、すぐ入所になりました。

入学式が午前中で、午後からはプレテストです。ここから私の地獄がはじまります。

やだやだ。思い出すのも嫌だ。

それはそれは悲惨な結果でした。内容は2課程、それも基礎中の基礎。70点満点で、6割がやっと。46点だったかな。ほとんどの人は8割から9割取っているんです。ものすごいショックを受けました。現実を見たんです。

さらに追い討ちをかけるように、徳永教授から「外出して飲んでいるような成績じゃないだろう。土日どこにも出ないで勉強しなさい」と。

射場俊行(ELSTA東京)先生

個人面談では担当教官から「有働君、何勉強してきたんだ」

「テキスト3回読んできました」と言ったらうなだれてしまいました。

「あぁ、何も言うことはない。とにかく勉強しろ。テキストを読め。問題はやらなくていい。テキストを読め。読んで授業に臨め」と。

入学して最初の1週間はショックで食事ができず、一気に5kg落ちました。最終的には7kg落ちました。

7月中旬までは土日もほとんど外出することはなく、部屋にこもって毎日ミニテストの繰り返しです。100%できるようになるまで繰り返し繰り返しです。

3週間ごとの模擬試験も当然悲惨で6割しか取れていなくて、間違ったところを見直してテキストのページとつきあわせているうちに土日は終わり。間違いの数が多いからそれだけ時間が取られるんです。

ゴールデンウイークに入る前には教官から話があって「点数の取れないやつはゴールデンウイークこそチャンスだ。里帰りしないつもりで勉強しろ」と言われましたが里帰りしました。ホームシックにかかっていたんです。

自分の顔を見てもかみさんは何も言いませんでした。ゲッソリ痩せていましたし、顔を見れば分かったんでしょう。

「私は何もわからないから頑張ってとは言えない。ただ体調を崩さないようにしてね」

分かってはいたはずです。でもそれに触れたら夫は底なし沼に沈んでしまう。

かみさんには分かっていたんでしょうね。

ゴールデンウイークが明けたらひたすらテキストを読んで次の模試に備えました。

午前4:30に起きて30分コーヒーを飲みながら目を覚まして、5:00からは予習。テキストを読む。それからミニテストの勉強を30分。朝ご飯は食べずに教室に行く直前までずっと勉強です。教室に行って8:30から9:00までミニテスト。9:00から17:00まで授業。昼食は抜きです。

17:10からは1時間補講。常連です。

そのあと自室に戻って一日一食の夕食を摂って、その後は借りた教室で補講のメンバーと22時までお互いに問題を出し合って勉強です。それが終わったら自室で23:30まで授業の復習。23:00-0:00まで風呂。0:00-1:00までは復習。

おなかが減ってパワーが出ないときには押入に大量にしまってあるカロリーメイト+ショコラBB+DHCサプリです。飲むときには「これさえ飲めば何とかなる」と言い聞かせて飲むんです。

この生活は7月中旬にあった総合実技訓練まで続きました。

転機は7月下旬の財団模試に訪れました。この模試は厳しいと言われていて、実際にみんな点数が取れなかったのですが、自分は2点だけですが上がったんです。3週間後の全国模試も点が上がって。

以前から教授には「こつこつやっていけばやがて雲の上が見えるようになる」と言われていました。「ああ、このことかな」とは思いましたね。でも最後の最後まで雲の上は見えませんでしたけど。

成績が上がり始めたので、生活パターンを変えました。徳永教授に「息抜きしたほうがいいよ」とも言われましたし。でも「どこにも出ないで勉強しなさい」と命令していたのは教授なんですけどね。

土曜日の午前中だけ外出することにしました。お昼には帰ってきて、それから日曜日いっぱい勉強です。土曜日だけ変化しましたが、勉強時間は大して変わっていません。

初めて行ったのは銀座のアップルストアーです。嬉しかったし、心理的にも余裕ができたのでメーリングの仲間にアップルストアーの写真を付けてメールを出しました。それまでメールは見るので精一杯で、返事なんか書けませんでした。

8月末の全国模試の後は教官にお願いして過去問の基礎中の基礎をプリントしてもらって解いていました。

国家試験の前日は21時に寝たのですが全然眠れませんでした。一時間おきに目が覚めて。

試験は午前中の4問目からこけまして、頭は真っ白、汗、頻脈、ショック状態になりました。午後もダメ、せいぜい臨床問題が比較的良かったくらいで、「次は3月か」と思いましたよ。

かみさんにも「だめたっだ」とメールしたくらいです。

試験終了後に飲みに行ったのですが胃が痛くて全く飲めませんでした。21時に胃痛に耐えながら自室に戻ると一杯ひっかけた班長と班員が「大丈夫か」とやってきて、「だめです」「どら、みしてみい」と採点を始めたんです。「大丈夫、受かっているぞ」っていわれて、何であんたたちに分かるのかと思いましたけど、自分より頭いい人たちですものね、分かるんです。

自己採点は次の日にしました。研修所のトップ5が作った回答が部屋に回ってくるんです。それで本当に受かってそうだと思ったのですが、それでも安心はできませんでした。

卒業式でも胃が痛いままでした。

7月になぜ成績が上がったかですか。

授業の復習をやっていて、よく部屋の向かいの人、標茶の方なんですけど、その人に聞いていたんです。神経の講義のときに、「分からないなら絵を書いて覚えろ」と言われました。ゴールデンウイーク明けです。それで同じ絵を12回書いた。これがきっかけだったのかな。

図にする。絵にする。それから絵の回りに言葉を付けていきました。絵を描きながら思い出したのは、炭谷貴博(中頓別)のイメージの話、赤血球の染み出しホースです。赤血球は絵にできなかったけど、自分なりに絵を描いてイメージを得て授業に臨むようになりました。

それからは毎日絵や字を書くようになりました。書いたら声に出して読むんです。読んだら壁に貼ってまた読む。何回も繰り返すと目を閉じていてもイメージが湧くようになりました。

多いときには一日5枚、少ないときでも毎日1枚は書いていました。いままで単語としか思わなかったものがイメージに変わっていくのが分かりました。

その他には、いままで授業中のポイントはノートに書いていましたがテキストに書くようになりました。繰り返し見るのはテキストなので、ノートを繰る手間がもったいないと思ったのです。

(拡大)

救命士国家試験には嘘が2つあります。

・テキスト3回読めば何とかなるという嘘

・研修所に入れば何とかなるという嘘

自分の失敗は、研修所に入る前に勉強していなかったことに尽きます。少なくとも入所前には国試の過去問の何年か分は解けるようになっているべきです。それも、この問題ならこの答え、という一対一対応ではなくて、問題に対するイメージができていて、その中から答えを探せるようになっているべきです。肝硬変=食道静脈瘤、ではなくて、なぜ食道静脈瘤ができるのか理解していないと授業にはついていけません。

振り返ると、周りに振り回されていたようです。誰かが「これはいいよ」というとすぐ飛びついていました。自分に合っていないこともいっぱいありましたよ。炭谷貴博の「単語帳」も作りましたが、あれ、かさばるので持ち運びができずに、自分はノートにしました。

自分の勉強方法を見つけることが一番大切なことです。

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