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160306山原清一(釧路町消防)思いやる

山原 清一(やまはら せいいち)
釧路東部消防組合 釧路消防署

出身地:北海道オホーツク管内湧別(ゆうべつ)町
昭和51年4月 静岡県富士市製紙会社勤務を経て消防士
平成8年5月 救急救命士
趣味:アンティーク雑貨収集


 職場の私のロッカーのドアを開けると1足の新品靴下が置かれています。
 これは過去に救急出動し搬送した傷病者のご家族からいただいたものですが、履くことができないまま本年度末に定年を迎えます。

 老夫婦の世帯で夫が入浴し、いつもより上がってくるのが遅いので見に行くと、浴槽に沈んでいるのを発見し救急車を要請したものです。救急隊が到着すると妻は浴室に案内してくれました。お湯は抜かれていたものの浴槽内の夫を観察すると救命は厳しい状態でした。
 妻は高度な難聴で夫の状態を説明するのも大変困難でした。皆さんも経験があると思いますが、例えば交通事故で傷病者が突然のことに動揺し、「私はどうして怪我をしたの?」と何度も同じ質問を繰り返し、そのたびにこちらも同じ説明を繰り返す。妻も動揺していたのでしょう。夫の状態を何度も繰り返し聞いてきます。
 妻が付き添い病院搬送しましたが救命はできませんでした。

 後日、この方の息子さんが消防署を訪問され、救急隊に対し母から預かった感謝の言葉とともに、数足の靴下をいただきました。夫の状態を見て動揺しているのにもかかわらず、救急隊が濡れた浴室に入り靴下を汚したのを見ていたのです。私たちは靴下の汚れなどは当然のことと思っていますが、動揺している中でも救急隊の活動を気遣い「思いやって」いただいた気持ちを思うと、私はこれからもこの靴下を履くことはないでしょう。

 大変な状況でも私たち救急隊を思いやってくれる関係者。それに対し、私たち救急隊は思いやりを持った活動をしているでしょうか。「出動件数が少ないから(多いから)目の前の事例をこなすだけで精一杯」と、事例数のせいにして逃げてはいませんか。都市部と町村部の出動件数を比較すると圧倒的な違いがあります。都市の救急隊員では年に何度も遭遇する事例でも、出動件数の少ない消防署の救急隊員によっては、数年、場合によっては生涯遭遇しないこともあります。そのため、私のような町村部の救急隊員にとっては、未経験の事例の事例は精一杯の事例となりがちです。


 十数年前、病院研修を受け入れていただいていた医師が「一人の症例経験そのままでは一人の症例経験で終わる。症例検討会で共有すれば皆の経験となる」と話されました。教科書では知っている事例であっても、出動件数の少ない私は遭遇時の不安を抱えて活動していたのが実態でした。そんな私の思いと合致し、「症例検討会」をなんとか開催しなければと、早速近隣の救急救命士に趣旨を説明して、事例を募集すると3例が集まり、医師の助言も得ることができ「症例検討会」をスタートすることができました。

 「症例検討会」は医師をはじめ皆さん手弁当での参加でしたが、医師の協力やメーリングリストなどの活用により、定期的に開催できるようになっていきました。回を重ねるごとに、参加しする救急隊員や医師の数も増え、事例によっては看護師も参加してくれました。救急隊は傷病者を病院へ搬送すれば仕事は終わりで、その後の詳細な経過はなかなか知ることができませんでしたが、検討会の中で医師からの経過説明を受けることで事例に関する理解が深まり、その知識と経験を次の活動に活かすことができます。また検討会の内容も事例に限らず、消防側から新しい資器材の紹介をして医師・看護師と意見交換したこともあります。また、「この場だけではなく学会で発表を」と医師に勧められ発表に至った症例も出てきました。

 検討会で印象に残っている事例を紹介します。入浴施設で高齢の男性がホールの床を全身バタバタ動かし転げ回っていたものです。私はてんかん発作だろう判断し、怪我をしないように押さえ込み抑制するのが精いっぱいでした。関係者に情報を聞くと低血糖の既往あり、かかり付けの病院に搬送、医師から低血糖の症状である旨の説明を受けました。この経験を発表すると、出動の多い都市の救急隊員からは過去に同じような経験があったとの発言があり、症例検討会の有用性を感じました。


 後輩の皆様へ。都市部と町村部の出動件数の格差はこれからも変わりません。積極的に症例検討会やセミナーなどに参加して経験値を上げるとともに、学会などで発表したり雑誌への投稿を行ったりして経験を共有しましょう。経験と知識の増加は活動に余裕をもたらし、その余裕が傷病者や関係者を思いやる活動を可能にします。
 学会での発表後のことですが「私も同じような症例を経験しています。大変参考になりました」と話しかけていただいたり、さらに本誌などの雑誌に投稿し掲載されたた症例を読んだ読者から反応をいただけることも多々ありました。驚くことに十数年前の雑誌投稿の症例についてつい最近も質問が寄せられています。医師の言葉の「一人の症例で終わらせない」ことの重要さが理解いただけると思います。


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16.3.6/11:21 AM