最新救急事情020330

気管内挿管は有効か

前回の最新事情では指示なし除細動の早期解禁を求めた。その後、秋田の気管内挿管騒動から厚生労働省は3月15日にはついに気管内挿管を認める方針を明らかにした。
私は救急救命士が気管内挿管を行うことに賛成である。しかし、挿管ができなかったときの恐怖を知る人間としては、両手を上げて賛成という気にはなれない。秋田では気管内挿管を行えば助かったであろう症例を複数経験したことも報道されているが、どのような根拠でそう断定したのか説得力に欠けるし、厚生労働省の研究班でも気管内挿管に「生存率を向上させる根拠はない」と結論している。
気管内挿管は有効なのだろうか。挿管で常に問題となる危険性を中心に文献を読んでみよう。

気管内挿管=Golden standard?

気管内挿管は蘇生やプレホスピタル・ケアの領域で長いこと気道確保のGolden standardとされてきた。しかし、この方法が明らかに有用であると断言するには証拠が弱いことが多くの文献により指摘されている。証拠を揃えるのに最大の壁は施行者の訓練や経験を均一にすることが困難なためで、また筋弛緩薬の有無によっても難易度が大きく変わることが評価をさらに難しくしている。もし初心者が施行する場合には患者に傷害を及ぼす可能性がある。その中で最大のものは食道挿管である。食道挿管を回避できしかもマスクより効率のいいデバイスとして、ラリンゲアルマスクやコンビチューブが開発されてきた。救急救命士は気管内チューブだけでなくLMやCBTにも習熟して安全な気道確保を行うべきである1)。

挿管は難しいのか

気管内挿管の欠点として手技の難しさがある。
カナダのオタワからは、試行回数についての論文が出ている2)。1997年の一年間に453人に対して挿管が試みられ、成功は408人(90%)であった。心停止症例に限ると、96%で挿管に成功しており、そのうち1回目の試技で成功したのは8割に留まった。外傷で挿管が必要だった症例では71%が成功しただけであり、1回目で成功したのは67%であった。つまり、状況によって難易度が異なるのであり、著者は心停止以外でのいかなる状況においても冷静に行動し訓練する必要がある。
小児に対しての挿管例について、カリフォルニア州サンディエゴの報告3)では、4年半の間に324例に気管内挿管が行われた。成功率は82%に留まり2例では食道内挿管となっていたが救急隊員には分からなかった。全ての挿管は喉頭鏡を用いて行われた。
気管内挿管の失敗原因を調査した報告4)もある。気管内挿管を試みた592例に対して成功率は91%であった。失敗した56症例の内訳は筋弛緩が足りなかったもの49%、解剖学的に挿管困難だったもの20%、病的肥満10%であった。56症例のうち救急室搬入後に挿管に成功しているものは41%であり、薬剤を用いて完全な筋弛緩を得た後に挿管を行った。この結果から、著者らは本当に挿管の難しい患者は0.8-1.6%にすぎないと結論している。日本の場合、心肺停止(つまり通常下顎が弛緩した状態)しか気管内挿管は認められないので、気管内挿管が不可能なのは1%のみ、ということになるのだろうか。
一方、コンビチューブでの研究5)がある。760人に対して挿入が試みられ、95%で挿入に成功した。このうち一回の試技で成功したのは760人中695人(91%)であった。挿入に躊躇する合併症状として肺気腫や緊張性気胸があったが、コンビチューブによるものではないと考えられており、133人についての剖検の結果も同様であった。
コンビチューブとLMを比べた結果6)では、コンビチューブが挿入成功率82%に対してLMは73%と有意に低かった。経済的にもコンビチューブが有利であった。
これらの報告を読む限り、気管内挿管の成功率は90%程度なのに対して、コンビチューブで挿入の成功率は95%とコンビチューブに歩がありそうだ。さらに、1回目で挿入に成功する確率はコンビチューブのほうが有意に高い。患者を目の前にして、初回に挿管を失敗するととても焦る。気管内チューブを握る人間には、次の方法を判断できる冷静な頭脳も求められることになる。

合併症は

気管内挿管は歴史が古いだけに、食道挿管や喉頭浮腫などは施行者の常識となっていて合併症の報告はほとんどない。珍しいものとしては、もともと気管壁が弱かった患者に気管内挿管をおこなったところ気管が裂けてしまった例7)が報告されている。原因としてカフに空気を入れすぎたことによるものと考えられたのだが、これは患者の特異体質によるものであって一般的なものではないだろう。
コンビチューブについては登場が新しいだけに合併症も多く報告されている。食道破裂、皮下気腫などが主8)だが、梨状陥凹(声帯の横の落ち込み)が破裂した例9)も報告されている。

救急室の経験から

10年ほど前、他の病院からCPAの患者が運ばれてきた。気管内挿管されておりアンビューバックで換気していたのだがどうも腹が張っている。喉頭鏡をもって口を覗いてみたところ気管内チューブが食道に入っていた。さらに多いのは片肺挿管になって運ばれてくる症例である。この片肺挿管に関しては麻酔中に自分でも何例か経験している。
麻酔での気管内挿管は恐ろしい。挿管できないことは死につながるからだ。現在私はなるべく挿管せずに手術ができるように麻酔方法を組み立てている。相手がCPAの場合にはその点は気が楽だが、出血・嘔吐物や骨折など、手術室とはまた違った困難が存在する。
 今まで読んできた文献でも、気管内挿管は気道確保のGolden standardをゆるがせるものではないし、気管内挿管以上に確実な方法は存在しない。そして、気管内挿管は難しい。挿管を経験するほどそう思う。だから気管内挿管を許可するには、それらの困難を克服できるシステムが必要なのだ。

文献

1)Curr Opin Crit Care 2001 Dec;7(6):413-21
2)Prehosp Emerg Care 2000 Apr-Jun;4(2):164-7
3)J Emerg Med 2002 Jan;22(1):71-4
4)Prehosp Emerg Care 2001 Apr-Jun;5(2):134-41
5)Resuscitation 2002 Jan;52(1):77-83.
6)Prehosp Emerg Care 1997 Jan-Mar;1(1):1-10.
7)J Emerg Med 2000 Jan;18(1):35-9.
8)Can J Anaesth 1998 Jan;45(1):76-80
9)J Emerg Med 1998 Jan-Feb;16(1):37-9


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