最新救急事情
テロリズム:終りは決して来ない

去年9月11日の世界貿易センター(WTC)ビル倒壊では消防士を含む多数の犠牲者が出た。直後には炭疽菌事件があり、またイスラエルでの自爆テロやインド・パキスタンの紛争など、世界中の至る所で紛争が起きている。今回は同時多発テロ後に発表された論文から、次のテロに備えて何をするべきか考えてみたい。

WTC患者数と負傷部位 1)

ニューヨーク市健康局ではWTCに隣接する救命センター(ER)5カ所の受診状況を報告している。それによるとテロ発生後48時間で患者数は1688人であり、そのうち65%がテロによる負傷者であった。テロ負傷者の平均年齢は39歳(0〜95歳)、66%が男性。救急車での来院は26%に過ぎず、また29%は消防・警察・医療従事者などの救助関係者であった。救急関係者の多くはビルの倒壊による突然の炎と煙、とがったビルの破片で受傷したものである。
テロによる直接の被害者の50%はテロ発生後4時間で半数が受診している。主訴で最も多いのが煙吸引によるもので約半数、ついで眼外傷であったが、それらのほとんどは外来処置のみであった。入院が必要であったものは骨折、熱傷, 頭部外傷、挫滅症候群であった。救助関係者は負傷者に比べ眼外傷が多く熱傷が少なかった。73%は治療後帰宅し、16%は入院加療、0.4%はERで死亡した。

PTSD 2)

WTCテロについては、現在の関心は外傷ではなく精神科の領域になっている。
テロがあった5週間後に、マンハッタンに住む1008人に電話インタビューを行った報告では、全体の7.5%にPTSDの症状が認められ、9.7%にうつ症状が見られたとしている。ビル周辺の住民に限れば、PTSDの症状は20%に見られている。症状はちょっとしたきっかけでパニックになったり出来事に無関心になったりすることが多い。論文ではこれら大規模な災害には直接被害を受けた人のみでなく、広い範囲で住民へのサポートが必要と結論している。

次は何だ

テロには様々な方法があると認識されたのは1995年の地下鉄サリン事件からである。化学兵器の場合は一度に大量の患者が発生する。それに対して炭疽菌などの生物兵器は被害の規模は小さいが、混乱と恐怖は広範囲に及ぶ3)。核によるテロの記事を載せている医学雑誌4)まである。
炭疽菌に続く生物兵器として考えられているのが天然痘とエボラ出血熱である。種痘は日本でも約30年前から行われていない。論文5)では30歳以下の人が種痘を受ける場合と65歳以下の人が種痘を受ける場合に分けて費用や副作用の発生頻度を詳しく検討している。エボラ出血熱の場合は過去の報告も限られている。感染から発病まで2日から21日までと幅広く、特異的な検査方法もないので診断は遅れる。抗ウイルス剤も治療経験がほとんどない。ワクチンはない6)。つまりどうにもならないらしい。
相次ぐテロを受けて、救急医療機関と消防局では新しいシステムの構築を行っている。現在最も急がれているのはバイオテロに対する対応であり、現在の公共機関から提示されている方法では炭疽菌などの生物兵器による重症かつ大量の患者発生には対応できないためである。事件発生直後から近隣の医療機関にテロ被害者のみ受け入れさせる検討も始まった7)。

恐怖は去らない

アメリカでは過去にもWTCが1993年に爆破されており、1995年にはオクラホマでも爆破事件が起きている。しかし、去年9月のテロほど衝撃的なものはなかった。アメリカでは同時多発テロによって世界が一変した。自分たちはいつでもテロの被害者になるという恐怖が生まれたのである。直接命を奪われなくても、精神的・身体的に追いつめられる危険はさらに大きい8)。
アメリカでテロリスト研究家として名高いブレイン・ジェンキスはこう述べている。「テロリズムは決して短期間の出来事ではない。終りは決して来ない。避けることも忘れることもできないのだ」9)

引用文献

1)JAMA. 2002;287(7):835-8
2)N Engl J Med 2002;346(13):982-7
3)J Health Polit Policy Law 2002;27(2):273-91
4)RN 2002;65(5):46-51
5)Eff Clin Pract. 2002;5(2):98-9.
6)JAMA 2002;287(18):2391-405
7)Ann Emerg Med 1999;34(2):183-90
8)J Am Med Womens Assoc 2002;57(2):117-8, 121
9)Emerg Med Serv 1993;22(6):49-55, 76


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