最新救急事情

医療従事者と喫煙

喫煙者は減少している。男性で1965年に80%以上もあった喫煙率は現在47%まで低下した。しかし女性については10年前より2%喫煙率が上昇し、現在12%となっているである。年齢別に見れば若年層、特に20代の女性の喫煙率が23%と増加しつつある。健康増進法が5月から施行され受動喫煙が厳しく制限されるようになった今、救急隊員も医療従事者としてたばこの害について熟知する必要があろう。
ところで私はたばこを吸わない。高校生の時に悪友に渡されたのがショートピースで、3本ほど下宿で吸ったがあまりの苦しさに断念した。また、たばこのお金があればワンカップが買えるなと思ったのも事実である。このため喫煙に関してはいつもにも増して厳しい論調になることをお許し頂きたい。

たばこの害は
たばこの害については今さら書くこともないだろう。先進国でのある病気に対してたばこが関与している割合は、喉頭癌で96%、肺ガンで79%、慢性閉塞性肺疾患では59%である。さらに食道ガンと胃ガンでも44%に関与が認められ、全死因と広くとらえても12%にたばこの関与が認められている。日本では慢性閉塞性肺疾患で90%、虚血性心疾患で36%との報告がある。
たばこは本人ばかりでなく回りにいる人にも健康被害をもたらすのも今や周知の事実で、夫が一日20本たばこを吸うと妻が肺ガンにかかるリスクは2倍になることが示されている。室内犬でも主人がたばこを吸うと肺ガンにかかるリスクが1.6倍になるらしい。

たばこと医療経済
肺ガンになれば手術代がかかるし、手遅れならば末期ガン患者として別に治療費がかかる。これら喫煙が吸い上げる医療費は年間3兆2000億円にもなる。成人一人当たりだとたばこのために年間5万円の医療費を負担していることになり、たばこを吸わない人間にとっては不条理な話である。さらに、高齢化と相まって、このまま喫煙を放置した場合には30年後には医療費は3.3倍にもなるが、毎年20%ずつ喫煙量を削減していけば2010年には医療費は減少に転じる。このため厚生労働省は禁煙政策に力を入れている。
しかし、財務省はそうは考えていないらしい。平成元年、大蔵省たばこ事業等審議会は「受動喫煙の健康への影響については(中略)必ずしも明確にされていない」と結論付け、この解釈は未だに変更されていない。また健康増進法の実行プランともいうべき「健康日本21」の素案では「喫煙率、消費量半減」を明記していたが、たばこの販売協同組合、耕作組合などが5万3000人の反対署名を提出し、さらに自民党政調会も見直しを求める決議を行ったため、「健康日本21」自体がつぶれることを恐れるあまり喫煙率半減の条文は削除されてしまった。国民の喫煙率、特に高校生以下の喫煙率を下げるにはたばこの値段を1箱600円以上にするのが最も手っ取り早い方法だと示されているが、これも生産農家と政治家の圧力で実現しそうにない。

禁煙によって健康リスクは減るか
アメリカの研究によれば、喫煙者が10年間の禁煙を続ければ、そのまま喫煙した人の肺ガンの発症リスクを30-50%低減できる。また50歳以前に禁煙すればそのまま喫煙した人に比べその後15年間の全ての原因による死亡の確率を約半分にすることができるとされている。日本人を対象とした研究でも、一日20本以上の喫煙者が7年間禁煙すると、肺ガンの相対危険度を65%低下させると報告している。
だが、喫煙した事実は本人に一生付きまとう。10年喫煙すれば10年分のリスクは一生背負っていかなければならない。10年間の喫煙によって肺その他の組織には慢性炎症や線維化、遺伝子異常などが確実に起こっているからである。以前診ていた喉頭癌の患者は、5年前に禁煙したのにどうしてとしきりに尋ねてきた。本人は禁煙したとたんにたばこを吸ったことのない清らかな体になったと思い込んでいた。病理標本を診ても、過去にたばこをすっていた患者の肺は何年前に禁煙しようともたばこの煤でよごれておりすぐ分かる。

医師と看護婦
医師はあまりたばこを吸わない。3年前の調査では男性医師が27%, 女性医師が7%で、一般国民の半分である。呼吸器専門医になるとさらに低く、日本呼吸器学会会員では男性16%、女性4%となっている。高齢の医師はともかく、中堅の医師でたばこ臭いのはあまりいないのではないか。学生の時に吸い始めても医師になって禁煙する人は結構いる。学生に聞いたところでも、私が学生だった20年前に比べて喫煙率は下がっているようだ。しかしこれでも欧米の医師に比較すれば2倍以上の喫煙率である。日本医師会では当初たばこ問題に消極的であったものの、2001年4月に禁煙推進プロジェクト委員会を立ち上げるとともに、去年6月には翻訳本「医師とたばこ」を配付して禁煙運動に努めている。日本循環器学会では「禁煙宣言」を出し、大きなポスターを院内に貼ることを勧めている。
医師に対して看護婦は問題が多い。日本看護協会が2年前に発表した結果では、看護婦(保健婦、助産婦も含む)の喫煙者は24・5%で、旧厚生省が1998年度に調べた一般女性の喫煙率13・4%に比べ、10%以上多かった。20歳代から60歳代まですべての年齢層でほぼ20%を超え、特に、20歳代は27・8%だった。しかしこの結果も、私の印象からは数字が低すぎるようだ。看護婦の1/3以上はたばこを吸うのではないかと思っていたし、実際にあちこちの詰め所で数えても半数近くがたばこを吸っている。この結果を受けて看護協会では「たばこ対策宣言」をようやく去年7月に出したのだが、いままで対策を行ってこなかったのだろうか。また、なぜ禁煙宣言ではなく対策宣言という分かりづらい言葉を使うのか理解に苦しむ。

医療従事者の禁煙指導はきわめて有効
行動を変えるには二つの条件がある。今までの行動が有害である場合、第一にはその行動が害のあるものだと理解すること、第二に動機付けをすることである。たばこの場合、現在では健康に良くないことは国民全員が知っていると思われる。次には医療従事者が適切な動機付けを行えば禁煙率は上がるはずである。医師や看護婦の場合、健康に不安のある人と継続的に接する職業である。月に2回の外来診察であっても常に説得を継続すること、具体的な症例やデータを示して強い印象を植え付けることが可能である。呼吸器学会の会員に喫煙者が少ないのはこの理由による。しかし、これら有利な立場にいても、喫煙者は禁煙に対して消極的とならざるを得ない。
医師が外来で一般の患者相手に3分間短い禁煙アドバイスをするだけで6か月以上の継続禁煙率が2%増加する。10分以内のアドバイスにニコチン代替虜法を加えると継続禁煙率は9%アップする。これが医師以外も含めたチームアプローチを行えばさらに上昇する。医療従事者が禁煙し禁煙指導するのは社会の要請でもある。

参考文献
日本医師会雑誌2002;127(7)
北海道医報2003;1017:32-34


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