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060329 気管挿管の現在

 旭川周辺の挿管救命士に話を聞く機会があった。挿管症例をこなすためだけに彼らは1ヶ月から2ヶ月病院に缶詰になって研修を続ける。膨大な人件費を費やして挿管ができるようになったとしても、現場でこの技術が使えるのはまれにしかないし、挿管したことで助かる症例は聞く限りではなさそうである。
 新潟で開かれた救急隊員シンポジウムで九州研修所の畑中哲生先生は「挿管することによって心マに耐える有効な換気がもたらされる」と挿管の意義を強調しておられたが、心マを中断し呼吸器合併症を増やしてまで救命士が現場で挿管する必要はあるのか。2003年11月号に続き、今回も気管挿管について考察する。

否定的評価は変わらない

 挿管したら患者が助かる、という論文は前回の連載である2003年以降も出ていない。そのかわりに否定的な論文を探せばいくらでも見つけることができる。ここではガイドライン2005編纂以降の論文を見てみたい。
 挿管手技は正常の反応では血圧を上昇させ脳圧を上げるので頭部外傷の患者には不利である。しかし気道確保の面からどうしても挿管しなければならない症例もある。1万3000件あまりの重症頭部外傷症例を集めて、現場で挿管した群と挿管しなかった群に分けて、外傷スコアや年齢性別をマッチングさせ検討した5)。マッチさせる前の生データでは全体の死亡率が23%なのに対して挿管群の死亡率が19%と、死にそうだから挿管したという疑念をまず否定している。その上で両群をマッチさせた結果では、中等度から重度の頭部外傷では現場で挿管すると死亡する確率が高くなった。最重症の患者では挿管に生存率上昇効果を認めるものの、現場で最重症患者を見分けるのは難しいとしている。
 小児の外傷を扱った報告6)もある。小児に対しては現場での挿管はすでに否定されており、この論文では外傷に限って再検討を加えたものである。この研究では、105例の症例に対して挿管試技は155回行われていた。この中でマスクが持てなかったものは9%しかおらず、23%には挿管に伴う合併症(誤嚥など)が認められた。挿管手技が2回以上にわたると1回に比べ気道合併症は2.5倍になった。この合併症の発生率は現場挿管で66%、搬送途中での挿管で29%、病院での挿管で4%であった。気道合併症と2回以上の挿管試技は退院時の患児のグラスゴーコーマスケールを低下させた。これを受けて現場での挿管の適応を厳格にすべきとしている。

ガイドライン2005での扱い

 AHAのガイドライン1)では、気管挿管の前に節を設けて、バックマスクと挿管チューブなどの高度の気道確保用具との比較をしている。その最初は「救助者は高度な気道確保用具を使用する利点と欠点に気づくべきだ」という文章で始まっており、挿管の適応は意識障害者でバックマスクが持てない時か昏睡・心停止患者で反射が消失している患者としている。また挿管による心マ中断はチューブの先が声帯を通過するときのみとし、中断時間も10秒を超えてはならないと勧告している。
 ヨーロッパのガイドライン2)も論調は否定的である。気管挿管の項目の最初の段に小児では挿管しても生存退院率は変わらず、また成人でも挿管や投薬によっても生存退院率は上昇しないことが述べられている。挿管の適応の一つには嘔吐や出血に対する恒久的な気道確保としているものの、すぐその下には「しかし心停止患者の誤嚥率はバックマスクと挿管で差がない」と書いてある。なお、こちらでは挿管手技にかかるトータルの時間は30秒以内に収めるべきだとしている。
 挿管にかかる時間が30秒で心マを停止する時間が10秒。可能だろうか。イギリスでの手術室実習で28人の救命士が挿管するのにかかる時間は平均52秒。50秒から57秒までに全体の95%が入り、最速は27秒で最遅は148秒3)。現場での経験は手術室での経験より著しく挿管手技を向上させる4)とはいえ、マスクを外してから挿管完了まで30秒は簡単なことではない。

再教育が大切なのに

 現在日本では手術室実習で30例の挿管を経験すれば挿管救命士として認定される。しかし挿管に関しての生涯実習は計画されていないようだ。それでも挿管救命士は確実に誕生している。
 気管挿管が否定される原因の一つとしてその失敗率の高さにある。数多くの論文が現場での失敗率を25%以上と報告している。しかも、挿管に成功したとしても挿管されなかった患者に比べ患者の転機は悪い。
 挿管の成功率は個々の救命士の経験数に関連する。66人の挿管救命士が再教育ブログラムを受講した報告をみてみる。この再教育プログラム中に103症例に対して挿管が行われた。結果は惨憺たるもので、試技の成功率は53%、1回で挿管に成功した症例52例、二回目で成功した症例44例、3回目で成功した例が7例あった。挿管救命士が見逃した食道挿管症例も103例中3例もあった。挿管の成績は患者数が少なく挿管の機会が少ない挿管救命士が明らかに劣っていた7)。
 このためヨーロッパ版ガイドラインでは挿管救命士養成プログラムには再教育を含むものにするべきだとしている2)。AHAでは挿管救命士はその知識と技術を頻回の練習によって維持しなければならないとしている1)。
 翻って日本。大丈夫だろうか。

1)Circulation 2005;112:IV51-56
2)Resuscitation 2005;6751:556-7
3)Prehosp Emerg Care 2005;9:156-62
4)Emerg Med J 2005;22:64-7
5)J Trauma 2005;58:933-9
6)J Pediatr Surg 2004;39:1376-80
7)Ann Emerg Med 1998;31:228-33


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