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061230薬剤投与につきまとう不安と不満

 日本では救命士が投与できる薬剤は現在のところアドレナリン1剤だけだが、先進国のなかでは根本治療に結びつく薬剤の投与が認められているところがある。今回はイギリスを中心としたヨーロッパ圏で行われている心筋梗塞患者への血栓溶解剤投与について紹介する。薬剤投与の有効性は広く認められているものの、日本と共通する懸念も見えてくる。

心筋梗塞患者への血栓溶解剤投与

 2005年10月に脳梗塞に対する血栓溶解剤投与が日本で認められたことは記憶に新しい。しかし発症から3時間以内の患者に対して脳外科手術のできる施設で専門的知識の持つ医師が投与することなどと適用の縛りがきつく、この治療法は誰でも受けられるものではない。それに対して心筋梗塞に対する血栓溶解剤投与は発症から12時間まで適用でき、さらに心臓カテーテルによる血管血栓溶解・血管拡張術を受けられない施設においても施行可能であることから多くの症例が積み重ねられてきた。
 心筋梗塞に対する血栓溶解剤投与は1979年からある。当初はウロキナーゼという現在とは異なる薬剤を用いたが、ウロキナーゼより効果の高い組織プラズミノーゲンアクチベーター(t-PA)が開発・量産されるようになって治療成績は飛躍的に向上した。t-PAも改良が進み、当初の点滴持続注入から現在は1回の静注で効果が持続する製剤が主流となっている。投与経路としては心臓の閉塞した冠状動脈までカテーテルを通しそこに高濃度のt-PAを投与するのが理想的である。1995年に発表された報告では、病院内での血栓溶解剤投与と心臓カテーテル拡張療法で急性心筋梗塞患者の救命/治療効果は変わらないとされていたものの、最近では技術の進歩とともにカテーテル拡張療法の有効性が向上してきた。しかしながらカテーテルの設備が調わなかったり患者の状態が搬送を許さなかったりした場合には手足の静脈から薬剤を投与するしかないし、心筋が血流停止によってだんだん死んでいくことを考えると、血栓溶解剤を投与して一刻も早く血流を再開するのが望ましい。

病院前投与の有効性

 筆者ら1)は1999年から2004年までの症例、2万6205人のST上昇が見られる急性心筋梗塞患者を対象に発症15時間以内の治剤投与と予後を検討した。治剤投与としては7084人が心臓カテーテルによる冠状動脈拡張術、3078人が病院前血栓溶解剤投与、16043人が病院内での血栓溶解剤投与だった。これらの症例を治剤投与別に年齢で補正した結果では、病院前投与は死亡率では心臓カテーテル手術と病院内投与の中間を占めていて、発症100日後では経皮的冠状動脈拡張術の死亡率が5%に対して、病院前治療が8%、病院内投与が13%であった。またこれらの結果を発症から2時間以内に治療に着手したか2時間以降に着手したかに分けて検討したところ、2時間以内では病院前治療の効果は認められたものの、2時間を越えてしまうと病院前に血栓溶解剤を投与しても病院到着後に投与しても死亡率は変わらなかった。2時間以内、2時間以降のいずれでも心臓カテーテル手術は死亡率が最も低かった。再狭窄は院内投与、病院前投与、心臓カテーテル手術の順に多く、同時に心筋梗塞の再発もその順番で多かった。このようにカテーテル手術のできない病院に何もしないで運ぶよりは、現場で血栓溶解剤を投与したほうがいいという結果であった。
 病院前に血栓溶解剤を投与することは、患者の苦痛の軽減にもつながる。病院前に薬剤を投与されなかった群では胸痛の持続時間が196分であったのに対し、血栓溶解剤を病院前に投与されると胸痛の時間は124分へと減少した2)。

イギリス人でも躊躇

 心筋梗塞患者に病院に到着する前に血栓溶解剤を投与するという論文はイギリスからのが多い。この国では早くから病院前の血栓溶解剤投与が認められてきたためである。だから病院前に血栓溶解療剤が多くの症例で入れられているかというと、どうもそうではないらしい。まず一番の障壁は当然のことながら症例の選別である。確実に心筋梗塞であっても薬剤投与の適用を満たすのは54%に過ぎない3)。
 また適用を満たす症例であっても、なお救命士は躊躇するという。救命士20名のインタビューをまとめた論文では、病院前血栓溶解剤投与の何が良くて何が悪いのかまとめてある。その中では救命士が行う血栓溶解剤投与の利点として、
(1)患者の利益
(2)救命士の地位向上
(3)病院と救急隊の融合
(4)救急隊の研鑽、
が挙げられている。(2)の地位向上については、救急隊員が医療従事者であることのシンボルとして血栓溶解剤投与があると述べている。
 逆に病院前血栓溶解剤投与の悪い点については、
(1)危険な治剤投与
(2)患者自身の拒否
(3)給料に反映されない
(4)上申もしくは責任の機構の欠如
(5)仕事量の増大
(6)現着時間8分の縛り
(7)資器材や記録の増大、
を上げている。(2)については、患者に説明すると少なからずすぐ病院へ連れて行って欲しいといいわれると述べている。(6)は血栓溶解術に限ったことではなさそうで、政府から8分の現着を守るように指導を受けており、これに対して気の抜けない待機状況や十分な資材管理が負担となっていると書いている。

考え方を変えるしか

 t-PA投与は有効例では劇的に胸痛が消失して患者の状態が安定する。日本で行われている心停止患者への挿管やアドレナリンよりも患者に対する効果も危険性もはるかに大きい。でも後半の文献を読むと、モノがt-PAであるだけで、言っていることはエピネフリンや挿管チューブ、しばらく前なら「救命士という肩書き」と全く同じだと感じる。解決策は、といっても私には分からない。利点を中心に考えるほか方法はないのだろうか。

文献
1)JAMA 2006;296:1749-56
2)Resusucitation 2006;70:207-14
3)Emerg Med J 2006;23:650-3
4)Emerg Med J 2005;22:738-41


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06.12.30/8:59 AM