OPSホーム>最新救急事情目次>070704「病院前ACLS有効」は統計のマジック

070904病院前薬剤投与は無効

 06年5月号のこの稿で「エピネフリン(アドレナリン)の蘇生に対する効果すらまだ明らかではない」と書いた。一年経って、病院前の薬剤投与に関する論文がいくつか出て来たので紹介したい。主なものはアドレナリンの効果を否定するものだが、否定はそれだけに留まらない。

アドレナリンは無効

 シンガポールから出た論文1)を紹介する。2002年から2年間の病院外心停止患者1296名についての検討である。この期間の後半からアドレナリン投与が許可されたので、許可日を挟んで前後の期間でアドレナリンの効果を比較している。それによると、アドレナリン不許可時期での心停止患者数は615名、許可時期での患者数は681名であった。二つの時期で現場滞在時間は約10分と差はなかった。この許可期間で実際にアドレナリンが投与されたのは44%の300人であった。転帰を見ると、自己心拍が再開したのは不許可時期で17.9%に対して許可時期で15.7%、病院に生存入院したのが不許可時期・許可時期ともに7.5%であった。生存退院率は不許可時期1.0%に対して許可時期では1.6%であった。これらの結果から筆者らは救急隊がアドレナリンを投与する利益はないとしている。

 動物実験ではアドレナリンなどの強心剤の効果が認められているのに、なぜ患者では効果が出ないのか、過去の論文を集めて検討した報告2)がある。それによると動物実験2378頭で心室細動誘発からアドレナリンなど薬剤を投与するまでの時間は平均9.5分であるのに対して、患者に投与するのは卒倒してから平均で19.4分もかかっている。この時間の差が動物実験と患者との差になっているとしている。

バスプレッシンも望み薄

 アドレナリンがだめならバソプレッシンがある。G2005でも触れられているバソプレッシン。しかしこれもどうもぱっとしない。既に2001年に病院内の使用ではアドレナリンと差は見られないと報告3)されている。 では病院外の使用はどうだろう。過去の論文ををまとめて集計した報告では、病院外使用でアドレナリンと比べてバソプレッシンが優れているというエビデンスは見つからなかった4,5)。またラットの実験ではアドレナリンとバソプレッシンは蘇生後脳症の発生頻度でも差がないことが示されている6)。

 逆にバソプレッシンが劣っているという実験7)もある。ウサギを窒息させて心停止させた実験では、アドレナリンでは54%のウサギに自脈が戻ったのに対して、バソプレッシンではわずか9%のウサギに自脈が戻っただけであった。

 じゃあアドレナリンとバソプレッシンの二つを組み合わせたらとは誰でも考えるところで、ブタに4分間の心室細動を起こさせて、その後アドレナリン単独、もしくはアドレナリンとバソプレッシンを同時に投与したところ、二つを組み合わせたほうが冠状動脈と脳の血流量は有意に大きかったものの、自脈再開率は同じであった8)。病院外心停止の患者を対象とした研究9)でも自脈の再開はアドレナリン単独に比べてバソプレッシン単独、もしくは二つの組み合わせでは高かったものの、生存退院率は差が見られなかった。

アトロピンもだめ

 スウェーデンから出ている報告10)では、1980年から2000年までを10年ずつ二つに分けて、病院外心停止患者の予後が改善したか検討している。それによると検討期間の20年間で生存率は向上していないと結論した上で、いくつかの要因について生存率を向上させるか示した。生存率を向上させるのは心電図モニターを付けた時に波形が心室頻拍か心室細動であるもの、バイスタンダーCPRがされているもの、年齢が若いもの、卒倒が目撃されたもの、病院到着までに洞調律に回復したものである。この論文ではアドレナリンの効果は見ていなくて、アトロピンとリドカインについて検討している。それによるとアトロピンはもともと病院外心停止については無効であるとの報告の通り、彼らの検討でも蘇生に関しては無効であった。またアトロピンを使う症例は蘇生に手間取っている症例であるとも述べている、リドカインについても検討は加えている。数字から見るとリドカインは生存に寄与するようだが、もともとリドカインは蘇生後の不整脈に使うものであり、蘇生率を上げるかという質問には適さないのでコメントはしていない。

とにかく胸骨圧迫

 薬剤救命士の養成が急ピッチである。薬剤投与で助かったとされる患者のニュースも見るようになったがそれは一例報告に過ぎないし、逆に「現場で薬剤を投与したときの欠点」も考えるべきだろう。救命の輪の4つ目、薬剤や挿管などが病院外心停止の蘇生率を上げないことは今月号に限らず過去に何度もこの稿で述べている。救命の輪の3つ目、除細動はG2000では救命の切り札みたいにもてはやされたものの、5年経ってAEDがあっても救命率は伸びないことが分かって、現在は輪の二つ目、「とにかく胸骨圧迫」のG2005になった。G2005の導入で生存退院率が若干上がって来たとの報告も出始めている11)。

 挿管や薬剤ではない。救命士の資格も不要だ。「溶けた雪だるま」は言う12)。「まずはすべての救急隊員が確実にBLSが出来る事。この養成はお金もかかんないですぐに出来る事でしょ」

文献
1)Ann Emerg Med 2007 May 15 Epub
2)Resuscitation 2007;74:13-26
3)Lancet 2001;358:105-9
4)Arch Intern Med. 2005;165:17-24
5)Ann Emerg Med 2006;48:86-97
6)Resuscitation 2007;72:137-44
7)Am J Emerg Med 2007;25:509-14
8)Resuscitation 2007 Jun 19 Epub
9)Critical Care 2006:10:R13
10)Heart 2003;89:25-30
11)Resuscitation 2007 Jun 6 Epub
12)月刊消防 2006;28(12):33


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07.9.4/10:48 PM