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090404シンシナチスケールは役立たない

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 日本各地で広がりつつある脳卒中病院前救護(PSLS)。私もつい最近ミニセミナーではあるが見学する機会を得た。今回はPSLSで患者評価の最大の武器である患者評価スケールについて考えてみる。

シンシナチスケールとは

 PSLSの骨子は、いくつかの所見によって救急隊員が脳卒中と判断し患者を専門の病院へ迅速に搬送することにより早期の治療を可能にしようというものである。標的としているのは脳梗塞であり、これは脳梗塞の原因である血栓を溶かす治療は発症から3時間以内に開始するという縛りがあるためである。ここで脳卒中患者を見分ける簡易テストがシンシナチ病院前脳卒中スケール(以下スケール)である。

 このスケールでは脳卒中で起こりやすい「発音・発声の異常」「腕の力の低下」「顔のゆがみ」を評価し、どれかがあった場合脳卒中の確率は7割以上と判断する。1999年にオクラホマのシンチナチ医療センターから発表されたこのスケールは、簡単でしかも誰がやっても同じ判断ができることから、病院前脳卒中判断の標準スケールとして世界中で用いられている。

 発表当初、スケールは感度が66%、特異性が87%と報告されている1)。感度%とは、大勢の中に患者が100人隠れているとしてどれだけの人数の患者を選ぶことができたかというものであり、特異性%とはその100人を選んだうちに本当の患者が何人いるかというものである。つまり、この報告では取り残しが34人あり、また選んだ100人の中に正常人が11人いたことになる。

使っても使わなくても変わらない

 オーストラリア・メルボルンの消防の訓練の一貫としてスケールを用い脳卒中判断訓練を行った報告2)がある。訓練は1時間、1ヶ月ごとに救急隊員全員が履修するまで訓練は続けられた。筆者らはこの訓練を受ける前後で脳卒中の発見率を調べた。

 研究期間中の脳卒中もしくは一過性脳虚血発作の患者数は184名で、そのうち深昏睡のためスケールが評価できなかった30名を除いて154名が研究対象となった。結果として、現場でスケールを用いる割合は訓練の前後で38%から24%に減少し、また救急隊員が脳卒中を見分ける正解率は訓練の前41%後39%となったが二つの結果とも統計学的な有意差は見られなかった。スケールを用いた場合の感度は71%であり、特異性は52%であった。つまり患者が100人いて見落としが29人であり、患者と思った100人の中には患者じゃない人が48人も含まれていることになる。

 さらにスケールではすべて正常なのに救急隊員が脳卒中と判断した患者は全体の32%もいる。隊員が追加した所見は握力、視力、しびれで、握力の異常を訴える患者は全員スケールでも異常を認めたが、スケールで正常と判断された患者の5%が視力異常を、8%がしびれを訴えた。最終的な病院の診断でも、スケールが正常で握力・視力・しびれのどれかに異常を認めた脳卒中患者は全体の12%に上った。

スクリーニングにすらならない

 PSLSで絶対的な物差しのように尊重されているスケール。しかしこれを用いても用いなくても脳卒中判断の正解率が40%前後と全く変わらないことに驚く。さらに当初報告されていたより特異性が低いのも考え物である。

 見落としを少なくするには握力やしびれなどの異常所見も脳卒中に入れればいいし、逆に誤診を少なくするにはスケールの所見を複数組み合わせればいいはずである。例えば、スケール3項目と握力・視力・しびれのどれかが陽性なら脳卒中とすれば感度は94%、感度は20%となるし、スケールの3項目すべて陽性で他に握力など3つも陽性となると、感度は21%で特異性は73%になる。しかし前者であれば脳卒中といって連れてきた患者うち本当に脳卒中なのは5人中1人だし、後者であれば救急隊が現場で脳卒中と判断するのはわずか2割となってしまう。どちらにしても医者から全く信頼されない救急隊員になるのは間違いない。

 脳卒中、特に運動麻痺のごく軽い、もしくは麻痺の範囲が限局した脳梗塞は日頃診察している医者にとっても診断は難しいものであり、画像によってようやく診断できることも経験する。だから、このスケールに大きく期待するのは間違いである。また正解率が全く変わらないことから、単なるスクリーニングとしての立場も怪しい。筆者らはもっと別のスケールを開発すべきであると結論し、またスケールに頼らない観察技術を身に付けよとも述べている。

 筆者らは脳卒中訓練のあとでスケールの使用頻度が減ったことについては何も考察していない。これは私の推測だが、現地の救急隊員はスケールの限界を見切ったのであろう。

スケールを使うべきは一般人

 このスケールの利点は、全く知識のない人でも運動麻痺を発見することによって脳卒中の可能性を示せることにある。この簡便性を利用して強く導入を促したいのが一般人であり、口頭指導である。この2つについては同じグループから論文が出ている。一般人がスケールを利用した場合、模擬患者を対象にした実験では感度が平均して90%、特異性が87%という結果3)であり、電話による口頭指導で通信員が脳梗塞と把握できた割合は感度が94%で特異性が83%であった4)

 この結果は前出の救急隊員の結果よりはるかに良い。これは模擬患者を使っての研究であり、症状がはっきりとしているためだと思われる。

PSLS受講の対象は

 PSLSではスケールで患者を発見したあとに別の表(倉敷病院前スケール)を用いて重傷度を決定する。この重傷度で血栓溶解療法の適応が決められるため、もしかしたらこちらの表の方が重要なのかも知れない。だが、この表も日本だけのもので確たる評価はまだ出ていない。Emergency Coma Scaleに至ってはこれから使われていくのかどうかも分からない。

 スケールは導入しても現場で何かが変わるわけではないし、今まで見過ごしていた患者を現場の段階で発見できるというものでもない。このPSLSが役立つのは今まで脳卒中に興味のない人に基本的な観察方法を教え興味を持たせることだろう。現場でバリバリ働いている救急隊員より、初任教育とか、逆に単なる運び屋で終わってしまいそうな隊員にこそ勧められるものといえる。

文献

1)Ann Emerg Med 1999;33:373-8
2)Frendl DM et al. Stroke 2009;40 March
3)Prehosp Emerg Care 2005;9:292-6
4)Prehosp Emerg Care 2004;8:384-7


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09.4.4/7:49 AM