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100206ガイドライン2010(3)胸骨圧迫についての議論

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 G2010ではG2005にも増して胸骨圧迫の重要性が高まる。一般バイスタンダーは人工呼吸がなくなれば行うことは胸骨圧迫しかない。今回は胸骨圧迫に関連した議論を紹介する。

ベッド?床?

 G2005では、胸骨圧迫を行うときには「効果を最大限に発揮させるために、傷病者を硬い平面上(背板や床など)に仰臥位に寝かせ」るとしている。しかし勉強会で救急隊員に聞いたところ、わざわざ床に患者を降ろす人はいないし、背板もほとんど使われていないらしい。

 マネキンをいろいろなところに寝かせて胸骨圧迫について調べた論文が出ている。胸骨圧迫に影響する因子は寝かせる床の柔らかさだけで、寝かせる高さについては胸骨圧迫に影響しない。まず高さの比較だが、床とテーブルを比較した3つの論文では胸骨圧迫に差は見られていない。一つの論文では差を認め床のほうが有利としているが、これはテーブルにマットレスを敷いての実験なので単純には比較できない。ベッドであれば高さの高低は胸骨圧迫の深さに影響しない。ベッドの場合は立った姿勢で圧迫しても、ベッドに乗って圧迫しても影響しない。マットレスは胸骨圧迫に悪影響を及ぼす。床に直接マネキンを寝かした場合と床にマットレスを敷いた場合とで比較したところ、床に直接マネキンを寝かせた方が深く押すことができた。さらにマットレスの種類でも押す深さが変わってくることが報告されている。

 しかし、現実には心停止となったからと言ってすぐ床に寝かせることはまずないだろう。点滴や気管チューブが抜ける可能性があるからである。

背板は効果は少ない

 ICLSで胸骨圧迫の時に推奨されているのが背板(バックボード)である。これにも胸を深く押すのに効果はあるが限定的である。テーブル、マットレス、マットレス上に背板を敷いたのもで胸骨圧迫を比べたところ、テーブル、背板、マットレスのみの順番で満足できる深さの圧迫ができた。しかしその内容は、テーブルで満足できる圧迫回数が全体の95%であったのに対して、背板は53%、マットレスは42%と、背板を用いても11%の上昇に過ぎず、背板とマットレスの間には有意差は認めなかった。その他の論文で背板に効果を認めているものもあるが、値としては大したことはない。マットレスを敷いている限りは背板を入れても入れなくてもそれほど効果は変わらないので、胸骨圧迫を中断するくらいなら背板は入れない方がいいのかも知れない。

手を離す方法も

 胸骨圧迫の仕方の議論もされている。現在は手を重ねて指を組んで圧迫を行っているが、これを手を並べて押すとどうなるか。この押し方はハンガリー方式と名前がついているらしいが、ちょっと考えれば分かるとおり、圧迫面積が広くなるため凹ませる力が分散してしまい深く押せなくなる。

 圧迫を解除したときに手は患者の胸から離さない、とされている。これを兎のようにピョンピョンと飛び跳ねるよう押してみた実験がある。それによると、現在のやり方でも兎のやり方でも圧迫の深さに差はないばかりか、離した方がかえって完全除圧がもたらされる利点が生まれた。この完全除圧のメリットは、一般人より救急隊などの専門職で効果が大きかった。しまし、圧迫の深さは同じでも押し込みの時間が短くなるため、トータルとしては胸骨圧迫の質は低下する。

 利き手を組んだ手の上にするか下にするか、という議論もされている。一つ目の論文では、利き手を患者の胸に接触させ反対側の手を上に重ねた方が、押す場所を正確に決めることができ、深く押せることができるとしている。しかしもう一つの論文では、利き腕の手のひらを患者の胸においても逆の手を胸においても、効果は変わらないとしている。さらに、胸骨圧迫を職業としている人では利き腕をしたにした方がいいが、素人ではどちらでも同じという結果も報告されている。あれこれ考察もされてはいるが、結局のところ余り差がないようだ。

やっぱりちょっと下を押す方がいい

 健常者を被験者にして、CTを用いて最適な圧迫位置を検討した報告が出ている。それによると、現在推奨されている乳頭の高さで胸骨圧迫を行うより、いくらか足側を押した方がダイレクトに圧力を心臓に伝えられるらしい。

 胸を押すときには力が手のひらの小指側の膨らみ(小指球)に多く伝わり、親指の付け根の膨らみ(母指球)は余り関与しない。胸の真ん中を押したつもりでも、小指側がみぞおちにかかるようなら劔状突起が肝臓を傷つける恐れがあるので注意しよう。

 通常は患者の脇に膝を付けて胸骨圧迫を行う。しかし正確な圧迫を行うなら、体の中心を決めやすい馬乗り、もしくは頭から覆い被さる方法が有利だろう。これも研究した人がいて、頭側に位置して顔に覆い被さるように胸骨圧迫を行ったほうが患者の脇から押すより正確な位置で押すことができたと報告されている。

乳児は両手親指が第一選択

 G2005では1人で蘇生するときは背中を支えて空いた手の二本指で胸骨を圧迫し、二人で蘇生するときは胸を手のひらで包み込んで両手親指で胸骨を圧迫するとしている。しかしG2010からは両手親指の圧迫法が第一選択になる。ブタなどを用いた動物実験では二本指法も親指法も冠状動脈圧の上昇に差は見られていない。しかしヒト乳児での膨大な蘇生報告と、乳児蘇生時のカテーテル検査の結果から、実際に蘇生で使われるのは親指法であり、血圧の上昇をもたらすのも親指法であることが報告されている。これは親指法の方が強力で安定した圧迫を行うことができるためである。また二本指法では圧迫箇所がずれてみぞおちなどを押す危険性も指摘されている。

ほとんど変化ない胸骨圧迫

 以上見てきたように、胸骨圧迫に関連する議論は過去の方法の蒸し返しやちょっとした工夫ばかりであって、小ネタのレベルとも言える。これら、些細なことを真剣に議論するものエビデンスを重視するガイドラインならではであろう。救命講習や仲間内の勉強会での話題として使っていただけると幸いである。

文献
G2010 Basic life support worksheets
http://www.americanheart.org/presenter.jhtml?identifier=3060097


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10.2.6/12:50 PM