OPSホーム>最新救急事情目次>110804G2010:フェイスシールド廃止は希望的配慮

110804G2010:フェイスシールド廃止は希望的配慮

月刊消防のご購読はこちらから

「ガイドライン2010徹底解説」近代消防社から漫画形式で2011年冬発刊

最新事情

 G2010

 フェイスシールド廃止は希望的配慮

 

 心肺蘇生ガイドライン(G)2010で私が最も変だと思うのはマウスツーマウスでのフェイスシールドとポケットマスクの廃止である。G2005の時にはスタンダードプレコーション(感染から身を守る標準的な方法)まで持ち出して啓蒙していたのに、G2010では「感染の機会は低いのでフェイスシールドは必要がない」となってしまった。ならばG2005からの5年間で方針を180度変更させるだけの材料が出たのかと言えば、そうでもない。

 

 マウスツーマウスでの感染

 口や鼻が菌の入り口となる病気は感染の報告があり、血液を介して移る病気は感染の報告がない。

 今までマウスツーマウスで感染を起こしたという報告は多く存在する。口を通じて感染するサルモネラ、ぶどう球菌、髄膜炎菌、ピロリ菌、単純ヘルベス、黄色ぶどう球菌、赤痢菌が報告されており、息から肺を通じて移る皮膚結核も項目がある。逆に感染の報告がないのがエイズ(HIV)、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスであり、これらは血液を通じて感染する。救急隊員のレスキューブリージングでは感染した報告はない。だが、報告されていないからといって本当に感染の事実がないと決めつけられないし、また感染を起こしたといっても古い時代では病原菌の遺伝子検査は不可能なので、患者から菌やウイルスを貰ったかどうかは厳密には確認できない。

 HIVについてはマウスツーマウスでは感染を起こさない(抗体が出現しない)という報告はある。またHIVについては、他に移す危険性の高い患者を100万人、もしくは同じ患者を100万回の蘇生をしたときでも感染が起こる可能性は1以下であるとも計算されている。マネキンによる蘇生訓練によってB型肝炎が移ったという報告もない。

 以上のような報告を読むとマウスツーマウスは安全のようにも思えるが、患者や施術者に出血や傷口がある場合は感染のリスクは高まる。マウスツーマウスではないが、蘇生時に最も問題となるのは針刺し事故で、AIDS患者の心肺蘇生中の針刺し事故でAIDS患者から施術者に感染が起こった2例が報告されている。ACLS(高度心肺蘇生)では点滴で針を使うので感染リスクは高いのだが、BLS(基礎的心肺蘇生)では人工呼吸と胸骨圧迫とAEDだけで針を使わないので感染のリスクはぐっと低くなる。

 一時期問題となったSARSについては、SARS患者の蘇生に当たった施術者からSARSコロナウイルスが検出されたという報告がある。SARSは口から入る病気としては致死率が高いため、一時期はSARS怖さにマウスツーマウスを廃止しようという動きもあったほどである。

 

 マウスツーマウス以外の感染と事故

 マウスツーマウスと針刺し事故以外にも感染を起こした報告はたくさんある。

 新生児の蘇生で気管内挿管チューブに口を付けて感染した例、蘇生訓練中に致死的心筋梗塞を起こした例、神経麻痺、心臓手術後の胸骨ワイヤーに刺さってケガをした例、蘇生訓練中に気胸を起こした例、マウスツーマウス練習で過換気症候群と同じテタニー症状を呈した例など。感染とは異なるものの、患者の吐物が口に入ったり、患者の呼気や吐物として吐き出されるもの(毒物や有毒ガス)で障害を起こしたことも報告されている。

 

 フェイスシールドはお粗末

 歴史的に見ると、フェイスシールドなどの感染防御具の使用が提唱されたのは1965年に人工呼吸によって結核が感染したという例が報告されたことに始まる。感染防御具は1991年までは好意的に受け取られていて、フェースシールドを用いれば感染は少なくなるといういくつかのデータが発表されていた。しかし1995年になってフェースシールドが厳密な評価をされるようになってくると、その感染防御効果は信頼できないとされるようになってきた。患者と施術者を隔てるのは紙一枚であり、施術者の歯が当たっただけでもフェースシールドは破ける可能性がある。それに患者が豪快に吐けばフェースシールドなど吹き飛ばして施術者の顔は嘔吐物だらけとなるだろう。現在でもフェースシールドを用いれば感染が少なくなるという有効なデータは発表されていない。

 好意的に解釈すれば、フェースシールドなんか付けるだけ無駄だから付けるのやめよう、と勧告を変えたとも考えることもできる。

 

 変わらない結論を無理矢理変える

 以上、G2010ワークシートからの抜粋を紹介した。G2005が発表されたときにも読んだ内容が多いと思ったら、ワークシートには2005年以降の論文はほとんど採用されていないことに気づいた。2005年以降の論文は蘇生中の吐物の話が2006年で、感染に関しては全く採用されていない。学問的に考えれば結論はG2005と同じ「フェールシールド必須」である。

 なのになぜ不要となったのか。これはG2010の最大の目標である「バイスタンダー増加」を実現するために極めて「希望的」に結論を変えたのである。アメリカ心臓学会のG2010では一般人は人工呼吸をする必要はない。日本のG2010でもよほど自信のある人以外は人工呼吸はしない。救急隊員はバッグマスクで換気するから直接口を当てる必要はない。だからフェイスシールドを使うか使わないかという議論はほとんど意味を持たない。

 「フェースシールドがないから蘇生できない」事態を避けるために「フェースシールドは不要だ」「感染は起きない」と結論を変えたのがG2010である。エビデンスよりも希望的目標が大切なのだ。


OPSホーム>最新救急事情目次>110804G2010:フェイスシールド廃止は希望的配慮


http://ops.umin.ac.jp/

11.9.18/3:59 PM