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120903腹臥位での心肺蘇生

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現在連載中の「進め!民間養成救命士」で構成を務める天野忠好さんから質問があった。

「腹臥位(腹ばい)CPRについてです。JRCの蘇生ガイドラインでも少し触れられていますが、ハイライトしかweb上で掲載されておらず、全体がつかめません。ここでは主に腹臥位の手術中に生じたCPA症例の成功事例が紹介されているようですが、現場でも挟まれ等の場合に腹臥位のCPAがあり得ます。救助できない以上は腹臥位CPRを行う場面も想定されますが、何か資料や腹臥位CPRについてご存じな事がありましたらご教授下さい。」

症例報告は麻酔例

手持ちで最も古い論文は1992年台湾から出た症例報告1)である。ここでは腹臥位の手術中に心停止を来した患者に対して胸骨圧迫を行った2例が掲載されている。

1例目は14歳女性。バイクの事故で後頭部に重傷を負い意識不明で運ばれてきたもので、グラスゴーコーマスケールは8点。CTでは3x3.5cmの頭蓋内血腫と後頭骨骨折が認められた。手術は血腫除去術である。手術中に脳静脈洞を傷つけたことで血圧が低下、さらに脳を強い力で圧排したことにより徐脈になり、ついには測定不能になった。麻酔科医は腹臥位になった患者の胸骨に左拳を当て、患者の胸椎(背骨)に右手を当てて胸骨圧迫を開始した。これにより観血的収縮期血圧は最大で160mmHg、常時100-120mmHgにもなった。胸骨圧迫を5分間続けたところ洞性脈が出現した。患者は2日後に意識が回復した。

2例目は34歳男性。転落による第3頸椎骨折。既に機械で首の固定はされているが呼吸筋の筋力低下が進んできたために、受傷36時間後に椎弓切除術(頸椎の後ろの骨を切り取って脊髄が動けるようにする手術)が予定された。術前には肺炎が指摘されている。手術が始まって90分後、気道内圧が急上昇し高いピッチの音が聞こえ出した。気管吸引によって徐脈と低血圧になり、ついには心室細動になった。麻酔科医は1例目と同様に胸骨に握りこぶしを当て、整形外科医が患者の背中、左右の肩甲骨の間の胸椎を押すことで胸骨圧迫を行った。血圧は観血的収縮期血圧で最大200mmHg, 常時120-130mmHgであった。気管挿管の吸引チューブはチューブ先端を通過することができず、金属スタイレットでようやく気道は開通し換気が可能となった。換気再開から2分後に自脈が再開した。胸骨圧迫時間は6分間であった。手術終了後に気管チューブを交換したところ、閉塞した気管チューブには長さ3cmの凝血塊が詰まっていた。

そのまま背中を押すより、患者の胸骨に拳を当てた方が仰臥位での胸骨圧迫と同じように圧力を集中できる。論文では腹臥位にした14歳女性を被検者に、そのまま撮ったCTと胸骨に自分の拳を当てて撮ったCTを載せている。これを見ると14歳という若さもあるのだろうが、拳に体重をかけるだけで心臓の厚さが1/2程度になっている。

次はイギリスの例2)。39歳女性、肺癌の第3胸椎転移で胸髄の圧迫症状が出現したため胸椎除圧術が予定された。この例では患者はマットレスに腹臥位となり、頭はU字型の金属から出た太いねじを頭蓋骨に差し込むことで固定された。手術が始まると心室頻拍が出現するようになり、カリウム補正のためカリウムを持続静注して20分が経過したときに急に血圧がなくなり、心室細動が出現した。術者が背中を押すことで観血的動脈圧モニターにはコブ状の血圧波が出現した。除細動のパッドは左脇の下と右肩甲骨の下に貼った。200ジュールの除細動で自脈が再開したためそのまま手術は継続した。

他の論文3)では腹臥位手術中での心肺停止23例のまとめをしている。脊椎手術、低容量性ショック、空気塞栓など麻酔科医なら納得できる症例が並んでいる。

腹臥位の方が血圧が出る

実際に仰臥位と腹臥位で蘇生を行った論文もある。ニューヨークから出た論文である4)。患者は通常の心肺蘇生法で30分間自脈が再開しなかった6名。動脈血圧モニターを動脈に挿入後、初めに15分間仰臥位(あおむけ)で心肺蘇生を行い、次に15分間腹臥位(腹ばい)で心肺蘇生を行った。評価は観血的動脈圧の値である。その結果、収縮期血圧は仰臥位32mmHgから腹臥位46mmHgへ、拡張期血圧は仰臥位24mmHgから腹臥位34mmHgへと上昇した。患者数が少ないためこれらの値に有意差はない。

腹臥位の方が血圧が高くなるというのは別の論文5)でも述べられている。台湾からの論文ではICU入室中の11名の患者で仰臥位と側臥位での心肺蘇生を行った。収縮期血圧は仰臥位55っmHgから腹臥位79mmHgへ、拡張期血圧は腹臥位13mmHgから17mmHgへ上昇したとしている。上で挙げた台湾の症例報告でも200mmHgという普通では考えられない血圧が出ている。

人形を使って実際に背中を押しても規定の深さまで胸郭を押せるのは実施者の1/3に過ぎないらしい。蘇生講習を受けた直後の看護師36名に腹臥位の蘇生人形を見せ、胸骨圧迫をさせた研究6)がある。手の位置は肩甲骨の間の脊椎(人形なので肩甲骨があると仮定した場所)とした。機械で胸骨圧迫の深さを計測した。結果として、36名に100回胸骨圧迫をしてもらい、34.6%は4.5cm、40.6%は2.4cm、24.6%は2cmに達していなかった。61%の看護師はきちんとしたサイクル(当時は5:1)で蘇生していたが、残りはうまくサイクルを守れなかった。ただこの研究では普通の仰臥位の胸骨圧迫でどれだけ押せたかデータが示されていないので確かなことは言えないのだが、解剖学的に考えても周囲が軟骨に囲まれている胸骨の方が背骨を押すより凹みやすいだろう。それでも血圧が高く出るのは、肋骨が幅広く押されることで胸腔内圧が急上昇するためと考えられる。

除細動パッドは普通の場所に貼る

腹臥位で除細動をする場合、電極の位置は通常の位置(右鎖骨下部分と左心尖部)が最も適している7)。これは腹臥位の場合心臓が胸骨側にずれるので、電極を心臓の近くに置けるようになる。通常の位置に電極を貼れない場合には循環器内科で使用している電流抵抗が最も少なくなるよう自動で電流を流してくれる装置が適している。

腹臥位でも蘇生可能

現場で患者が腹臥位だった場合仰臥位にしてから蘇生に取りかかるだろう。腹臥位で蘇生を試みるのは天野忠好さんの指摘するように挟まれ事故に限られる。腹臥位はそのまま押しても仰臥位より胸骨圧迫の効果が大きいし、力が分散するために肋骨や胸骨を折ることも少なそうだ。生き返る可能性があるのなら腹臥位でも積極的に胸骨圧迫を行おう。

文献

1)Anestesiology 1992;77:202-204
2)Br J Anaesth 2001;87:937-8
3)Resuscitation 2001;50:233-8
4)Resuscitation 2003;57:279-85
5)J Clin Med Assoc 2006;69:202-6
6)Crit Care Resusc 2000;2:188-90
7)Br J Anaesth 2002;89:799-800


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