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121103住む場所を選び死ぬ場所を選ぶ

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先日、養護の先生の求めで近所の中学校に出向いて蘇生講習を行ってきた。1クラス40人を50分で教える。これが3時間。旭川の救急隊員と病院研修の救命士とで実習を行った。旭川で最も学力レベルの高い学校だけあって理解力はすばらしく、ふざける生徒もサボる生徒もいない。教えていて楽しくなる講習だった。

この中学校は自分で希望して入学してくる(親の勧めも大きいだろうが最後に決めるのは自分である)。教育レベルが高ければ高収入の職業に就く可能性は高くなり、収入が高くなれば子供に満足な教育環境も与えられるだろう。

収入が多いとバイスタンダー実施率は高くなる

アメリカから、いかにもアメリカらしい論文が出てきた。アメリカのバイスタンダー実施率を発生居住区ごとに検討したものである1)。アメリカは白人とそれ以外の居住区が分かれており、さらに同じ人種でも収入によって住む場所が違う。ビバリーヒルズは白人の裕福層居住地の代表であり、それに対して大都市には黒人やヒスパニックが住むスラム街が存在する。筆者らは29の州において2005年10月1日から2009年12月31日までの心肺停止例を集め、発生地区を「高収入地区」「低収入地区」に分類した。これは居住地区の家庭の年収を並べ、その中間値(平均値ではない)が4万ドル(320万円)より高ければ高収入地区、低ければ低収入地区とするものである。平均値を採用しなかったのは、アメリカには飛び抜けた高年収家庭があるため、平均ではその家庭の年収に引っ張られるためである。さらに居住区の人種が白人が80%を超えていれば「白人地区」、黒人が80%を超えていれば「黒人地区」とし、どちらかが8割に見たない場合は「混合居住区」とした。

研究期間中の心肺停止数は1万4225例、このうちバイスタンダーCPRが行われていたのは4068例であった。バイスタンダーCPR実施率は「高収入白人地区」と「高収入混合居住区」が同率で最も高く、続いて「高収入黒人地区」「低収入白人地区」「低収入混合居住区」「低収入黒人地区」の順であった。「高収入白人地区」と「低収入黒人地区」の間では有意差を認めている。

アメリカで人種差別がないのは表向きだけである。黒人の多くは日雇いと変わらない生活をしており年収も低い。収入は教育に直結する。心肺蘇生法は教育の一つであるし、新約聖書で書かれている「良きサマリア人」の例え話も知らなければ行動には結びつかないだろう。

日本では中学校以降と運転免許取得時に心肺蘇生の授業が行われており、志の高い学校では小学校から授業を行っている。次に日本の現状を見てみよう。


日本の目撃のある生存退院率は上昇

この連載でも馴染み深い京都大学の石見先生による、ガイドラインが変わることにより院外心停止の1ヶ月後生存率が上昇したという報告2)。調査期間は2005年1月から2009年12月までである。調査対象は目撃のある卒倒患者で、評価項目は神経学的に良好な患者数とした。5年間で病院外心肺停止患者は54万7153人、そのうち目撃のある卒倒は16万9360人だった。患者数は年々増加している。神経学的に良好な生存者は全体で2005年の1.6%から2009年の2.8%へ有意に上昇した。このうち目撃のある卒倒だけに限れば2.1%から4.3%に、さらに目撃のある心室細動患者に限定すれば9.8%から20.6%へ上昇した。この好結果はAEDの普及、蘇生術の普及、覚知から現着までの時間の短縮がもたらしたものである(と筆者は書いている)。ただ、若年者と高齢者は改善が見られていない。

病院外心停止患者の全体では生存退院率は変化していない。退院率が上昇したのは目撃のある卒倒だけでなのでガイドラインがそのまま有効であったかどうかは分からないだろう。それでも教育・啓蒙・予算配分の結果が数字になって表れた、嬉しい報告である。

心肺蘇生後の病院選定

では救急隊はどこに患者を運べばいいのだろう。ドイツ・ドルトムントで心臓カテーテル治療を行える病院と行えない病院で生存退院率が異なるという結果を報告している3)。2007年と2008年でドルトムント周辺で発生した心肺停止1109例のうち18歳未満と外傷による心停止を除外した889例を対象とした。このうち自脈が再開したのが360例(40.5%)、蘇生を続けたまま病院に到着したのが152例だった。

心肺停止患者のうち434例が病院に入院した(つまり心停止のまま入院扱いになった患者もいることになる)。心臓カテーテルのできる施設に入院したのは170例,カテーテルのできない施設に入院したのが264例。多因子解析では神経学的に良好な状態で退院できるのは(1)カテーテルのできる病院(2)軽度低体温療法のできる病院であり、カテーテルと低体温は互いに独立していることが示された。

心肺停止になったら普通ならば自分では病院は選べない。それなら自分が運んでもらいたい病院の近くに住居を構えるのが良いだろう。

努力することの大切さ

日本の収入格差が増大しているという記事を良く見る。だがそれらは年金生活の高齢者が増えたためであって、勤労年齢では社会保障がうまく回転しており格差は増えていない。自分の収入が少ないのは誰かのせいだと叫べば憂さはその時は晴れるだろうが、それでは明日もあさっても同じ生活が待っているだけである。住む場所を選べて死ぬ場所を選ぶためにはお金がいる。少しでも収入を上げるためには努力するしかない。毎日小さいことでもいいから努力していこう。


文献

1)N Eng J Med 2012;367:1607-15
2)Kitamura T: Circulation 2012 Oct 3, Epub ahead
3)Crit Care 2012;16:R164


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