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140808健康と病気の境目

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今回は健康診断についてお伝えする。この記事の読者は若い人ばかりではなく、中高年の方も読んでくれているだろう。若い時は自分の健康を気にかけることもなかったのに、年齢が高くなると健康のありがたみが身にしみて分かるようになってくる。

職場の健康診断では血圧測定や血液検査など、行うべき項目が定められている。最近血圧の正常範囲が変わるかも知れないというニュースが広く報道された。今回は健康診断の正常範囲について、人間ドック学会の報告1)をもとに考えてみたい。

血圧と肥満の基準が変わる

人間ドック学会は多くの項目で新基準値(以下ドック学会基準値)を提唱しているが、最もセンセーショナルに報道されたのは血圧だろう。今まで正常とされた基準値(以下一般基準値)は血圧では収縮期血圧が129mmHgまで、拡張期血圧が84mmHgだった。それがドック学会基準値では収縮期血圧は147mmHgまで、拡張期血圧は94mmHgまでは正常であると定めている。これは今まで高血圧とされていた人の一部は高血圧ではなかったと判定するものである。また肥満度BMIは一般基準値では正常上限が25までとされているのに対し、ドック学会基準値では男性は27.7まで、女性は26.1まで正常としており、小太りに優しい基準となっている。またドック学会基準値では性別や年齢で正常値を振り分ける作業も行われており、以前から知られていた赤血球数等に加え尿酸や中性脂肪、ガンマGT、クレアチニン等も性差があるので正常範囲に男女差をつけること、アルブミンやコレステロール等は年齢差があるため年齢によって正常範囲を決めることを提言している。

非難ごうごう

この提言に対しては関係する学会から多数非難の声が上がっている。非難が集中しているのは血圧の基準である。日本循環器病学会からの非難は当然として、日本医師会からも「拙速と言わざるを得ない」「エビデンスレベルが高くはない」とコケおろされている。

新基準はどこから出てきたのか

この非難の理由はその成立過程にある。ドック学会基準値は人間ドックを受診した150万人のデータを元にしている。150万人の中からアメリカClinical laboratory standard institute (CLSI)の基準に合致する人を選び、さらに潜在値除外法という方法で非の打ち所のない人を定義した結果、150万人から34万人が選び出された。さらにこの中から1/7を無作為に選び出し、潜在値除外法をもう一度行って1-1.5万人に人数を絞った。そして、この人たち(論文ではスーパーノーマルと名付けている)の検査結果を集計したものが今回のドック学会基準値である。

この簡単な説明でドック学会基準値が一般基準値と全く異なることが分かるだろう。第一に、基準を定めるための土台が全く異なる。CLSIの基準とはこの報告1)によれば「個人の健康を状態よく定義づけられたクライテリアに基づき適宜定めて基準個体とする」。つまり健康は何らかの基準があってそこに当てはまるような画一的なものではなく、言い方は悪いが評価者が「この人は健康だ」と決めればその人の持つ検査値が健康の基準となるものである。人間ドック学会では基準個体として、既往歴に癌や慢性肝炎、慢性腎疾患がなく、入院後1ヶ月以上経過している、常用薬がない、BMI < 25、喫煙なし、飲酒一日1合未満、血圧130/85mmHg未満と定義した。ただ、BMIと血圧の検討に限っては、該当する条件を外して検討している(血圧を検討する場合は血圧の条項を外し、血圧以外の条件でスーバーノーマルを集め、その人たちの血圧を集計する)。

第二に、現在の状態だけで基準値を定めており将来の変化を無視している。これが「エビデンスレベルが高くはない」理由である。循環器病学会で出している血圧の基準は、多数の患者を長期間追跡し、現在の血圧がどのくらいなら将来心臓病や脳血管障害になるかを確認した上で血圧の正常範囲を定めてる。だから正常を逸脱した血圧の人は、将来は心臓や頭で死亡する可能性がありますよ、という脅しがこの数値には含まれている。だがドック学会基準値にはそうした意味合いはなく、今健康とされている人の血圧はこの範囲ですよ、というだけである。

緩くして薬を減らしたい

この基準は人間ドック学会単独の調査ではなく、健康保険組合連合会(健保連)との合同で行われている。健保連は健康保険を支える団体で、国民からの保険金の納入を原資に医療費を支払うのが主たる業務である。老人の増加による医療費の増大により、国民皆保健の維持が難しくなっているのはご存知の通りで、血圧の正常値が広くなれば今まで薬を飲んでいた人も飲まなくて良くなり、それだけ健保連が支払うお金も減り、国民皆保健の維持が容易になる。巷で騒がれたのは血圧の値だが、悪玉コレステロールの値も現在の基準よりかなり高い値まで正常としており、この分野の薬も押さえることができる。他にも、一律だった基準値が、人間ドック学会によって性別差や年齢差が指摘され、ドック基準では治療不要と考えられる人たちが大勢出てくる。

このように、ドック学会基準値は学問的な観点よりも経済的な観点から眺めるべきものであろう。

納得できる点も

血圧は年齢とともに上昇していくし、BMIだって上限ギリギリかちょっとオーバーした位の小太りが長生きすることは大規模コホート研究で証明されている。それに、乱れた生活をしている人は別として、規則正しく慎ましやかな生活をしている人の血圧が135mmHgだからといって、それだけで病気だ、薬を飲め、塩分減らせ、とはならないだろう。臨床は数値ではっきり線引きできるものではないし、わずかの値のはみ出しでくよくよ悩むほうがよっぽど不健康である。

人間ドック学会の今回の提言は広く受け入れられることはないだろう。だが、臨床家にとっては基準の意味を考えるいいきっかけになったことを評価したい。

文献

日本人間ドック学会:新たな健診の基本検査の基準範囲。日本人間ドック学会。2014年


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14.8.8/4:00 PM