HTMLに纏めて下さいました粥川正彦氏(滝川消防)に感謝いたします

最新救急事情2000/02月号

神様仏様ボスミン様

エピネフリン(アドレナリン、商品名ボスミン)は蘇生になくてはならない薬である。その名前は今や、テレビを通じお茶の間にも浸透している。手術室で全身麻酔前の患者から「ほんとに「先生血圧が!」とか「ボスミン!」とかいうのですか」と聞かれたので、「あなたの手術中にそう叫ぶかも知れませんよ」と答えた(後半は嘘です)。今回は薬理学の話である。

事例:北海道下川町 9時07分「母が首を吊ってしまって!」という女性の金切り声で出動。覚知から3分で現着、傷病者は床に膝が付くか付かないか、という状態でぶら下がっていた。

傷病者宅は、旦那さんと2人暮らしで、奥さんが物置に入っていく姿を旦那さんが見ており、それから10分位経って「出てこないなぁ」と思い物置へ見に行った。ビックリした旦那さんの最初の通報先が、近くに住む娘さん宅であった。それから娘さんが駆けつけ現場を見て119番通報という具合である。旦那さんが奥さんを発見してから少なくとも5〜6分は119しなかった訳だ。

抱きかかえると温かく、ロープを切って降ろし観察したところ、顔面蒼白、呼吸なし、総頸脈なし、瞳孔散大、対光反射なし、尿失禁が少々あった。一瞬警察の到着を待つべきか悩んだが、旦那さんからの情報と傷病者の温もりから、CPRを開始し地元の病院へ搬送した。現場から病院着までの3分間に回復兆候は認められなかった。

病院内では、気管内挿管・ボスミン静注・輸液の処置の間、我々が心マを続けた。処置が終わりCPRを医師看護婦に引き継ぐが、その間回復兆候は認めず帰署した。2時間後、病院に確認したところ、自発呼吸が少し出てきて、対光反射も少しあるとのことでビックリした。翌日に近隣の総合病院へ転院となったものの、13日後死亡したとのことである。

今回の事例は、傷病者が現場に入っていくのを家族が見ており、通報が遅れはしたものの現着時の体温の温もりからCPRを行ったが、通常の自損(縊死)は、家族の発見が著しく遅く、救急隊員が現着したときは既に硬直していたり、体液が流出していたりというケースが多く、今回のようなケースは初めてであった。

10数分間心肺が停止していたことに加え、救命士のいない救急隊ができる処置には限界があり、やはりバイスタンダーCPRの重要性を改めて感じる。また、119番通報の遅れというのは、その後の回復まで左右してしまうことをもっと住民にPRしていかなければと感じた。

それにしても、恐るべしボスミン!

エピネフリンの使い方 エピネフリンは血管収縮(α)作用と心機能亢進(β1)作用、血管拡張(β2)を合わせ持つ。全身の血管抵抗を上昇させ、脳と冠(状動脈)血流を増加させる。エピネフリンの量は、静脈内なら初回投与量は1mgである。1mgというのは1アンプル原液1mlそのままの量である。不思議なことに、大きな人でも小さな人でも1mgからスタートする。それで心臓が反応しないなら、3分毎に1mgを投与していく。アメリカ心臓学会は初回量0.01mg/kgとしており、50kgの人で半アンプルとなる。外人さんは体格がいいから、蘇生の時はきっと1アンプル使うのだろう。1回1mgで有効なら1回5mgにしたらもっといいと考えるのは自然の成り行きで、動物実験ではエピネフリンの量を増やすほど脳・冠血流を増加させ、生存率も向上させる。

しかし、人間では5mg使っても1mgに比べて心拍再開率は上昇するものの退院の割合に差は見られなかった。大量を投与することによってたとえ蘇生できたとしてもβ1作用により高血圧と頻脈をもたらし、心筋の酸素需要が増大して不整脈の頻度が増し、さらには心筋壊死の原因となる。また、β2作用により、肺の毛細血管が開いてしまい、正しくガス交換しないうちに肺動脈から肺静脈へ流れてしまい、酸素飽和度が低下することも指摘されている。

ということで、現在は1mgずつ3分おきに心拍再開があるまで投与するのがスタンダードになっている。希望なら2回目以降量を増やしてもいい。しかし、回数を重ねたからといって冠血流量は増えるわけではない。どこまで投与すればいいのか。ガイドラインでは「初回投与で反応しない場合は予後が悪い。追加投与での有効性は不明である」としか書いていない。

エピネフリンの代わりは 心臓に対するβ1作用が悪いなら、β1作用を無視できる薬剤だといいかといえば、そうでもない。代表はノルエピネフリンである。これはエピネフリンからβ作用を除いたものである。同量のエピネフリンに比べて心拍再開率は高かったが、生存率と退院率に差がなかった。メトキサミンとフェニレフリンという純粋な血管収縮薬では、拡張期血圧と蘇生後の心拍出量は増やすが、脳・冠血流は増やさない。すなわち心筋虚血が進むので具合が悪い。つまり、ノルアドレナリンなら許せるという程度で、アドレナリンに代わるものではない。 注目の抗利尿ホルモン 抗利尿ホルモンは下垂体後葉から分泌され、腎臓に作用して尿量を減少させる。また、細動脈に作用して血圧を上昇させる作用がある。心室細動モデルに投与したところ、抗利尿ホルモンはエピネフリンに比べて重要臓器の血流を維持し、脳の酸素血流を改善した。また長時間の心臓マッサージのあとに繰り返し抗利尿ホルモンを投与したところ、初回投与時・追加投与時の反応性ともに優れていた。同様にエピネフリンでは心室細動から時間を置くほど、また投与回数を重ねるほど反応性は低下していった。ヒトではエピネフリンに反応しなかった心停止患者の心拍を再開させ、24時間後の生存率もエピネフリンより良かったと報告されている。欠点は症例が少ないこと。動物で期待を持たせて、ヒトでダメになった薬剤はいっぱいある。気になる値段だが、エピネフリンが1アンプル97円に対して抗利尿ホルモンは1アンプル991円。50kgなら初回投与量はともに1アンプル。991円で心臓が動けば安いものだ。あとは、もっと大規模な症例研究を行い、本当に有用なのか確かめることが必要である。 結論
1)エピネフリンに代わる薬剤はまだない。
2)抗利尿ホルモンは臨床研究待ちである。

本稿執筆に当たっては北海道 下川消防署 多田淳浩 救急隊員の協力を得た。

参考文献
American Heart Association: ILCOR Advisory Statements, 1998
N Engl J Med 1998;339(22):1595-601
Circulation 1999;99(10):1379-84



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