HTMLに纏めて下さいました粥川正彦氏(滝川消防)に感謝いたします

最新救急事情2000年9月号

自殺・救急隊のすべきこと

自殺企図患者(自殺を図った人。未遂・既遂を含む)を前にするたびに虚無感に襲われる。いつも診ているのは死に抵抗しながら死んでいく人ばかりなのに、どうして自ら死ななくてはいけないのか。精神科の講義で自殺の予防について教えられているが、実際に患者を目の前にしたときにできることは限られている。医師にとって必要なのは、うつ状態を的確に判断することである。では、救急隊にできることは何だろうか。 事例:北海道長沼町 51歳男性。
出場1:平成10年12月、家族から「居間で倒れている」と救急要請。現着時、男性は居間で仰臥しておりJCS−10、脈拍60回、血圧149/109、SpO2 94%。普段から降圧剤と精神安定剤を服用しており、今日は薬の効きが悪く量を増やして飲んだらしい。病院には服用した薬を持ち搬送する。診断名は急性薬物中毒だったが自殺未遂かは確認しなかった。

出場2:平成11年7月、家族から「浴室で洗濯洗剤を飲み倒れている」と救急要請。以前に薬物中毒で搬送した男性と同一人物の可能性があると話しをしているうちに現着する。男性は浴室に腹臥で嘔吐しておりJCS−1、脈拍114回、血圧102/81、Spo2 98%であった。数年前よりうつ病で地元の精神科に通院し、現在は入院中だが自宅外泊中で目を離したすきに洗剤を飲んだことを聴取した。本人は死にたいと泣くだけで聴取できず、周囲の状況も洗剤の他は特定できず洗剤を持ち通院している地元の病院に搬送する。診断名は急性薬物中毒で洗剤の他にシャンプー、ヘアースプレーを飲んでいた。

出場3、平成12年2月、家族から慌てた様子で「外出から戻ると51歳男性が居間で首を吊っている」と救急要請。男性は居間に仰臥で首を吊ったビニールロープは切断されていた。CPA状態で下顎に硬直、右手背から前腕部にかけて数個所をナイフで切った傷跡があり。数時間はたっていると思ったがストーブが横にあり体は温かい。家族は朝から本人を残して外出し夕方帰ると居間で首を吊っているのを発見した。今回も入院中で自宅外泊して間もなくであった。スミウエイWBを挿入するが喉頭蓋付近で抵抗があり、中止し搬送開始。病院で死亡確認された。

自殺の実体 自殺者は97年で年間2万4000人を越える。若者の自殺は減少しているが65歳以上では増加傾向にある。北里大学の集計では、自殺企図患者は女性が男性の1.6倍であり、女性では20代が最多で次いで50代、男性では40代にピークがある。女性50代の自殺は更年期うつ病との関連がある。ここでは抑うつを中心に話を進める。

方法は手段としては服薬・服毒が6割を占め、次に首つりが続く。未遂者に関しては服薬・服毒が多いが、既遂者になると首吊りなどの間違いない方法が増えてくる。抑うつでは行動範囲が狭くなり、強い自殺願望のため確実に死ねる自宅での首つりを選ぶ。精神分裂病では幻覚妄想により発作的に飛び降りることが多い。ノイローゼや性格障害ではアピール的な自殺企図が多く、手軽に美しく死ねる手段を選ぶ傾向がある。

各年齢層の自殺 老人で特徴的なのは3D: Depression(抑うつ), Dementia(痴呆), Delirium(せん妄)である。抑うつは若年者と違い身体症状として現れることが多い。頭が痛い、胃が痛い、胸が苦しいなど。しっかり問診してみると「もうダメだ、死にたい」と言うこともあるが、本人が自覚しておらずいろいろ聞いてみて初めてうつ状態であると把握できることもある。痴呆はうつ状態と重なると危険である。せん妄と自殺念慮があれば突然行動に出ることがある。

現在注目されているのは「過労自殺」である。勤務に関連した自殺は年々増えており、特に管理職と自営業者に増加が著しい。これは不況が影響しているのだろうが、景気と自殺者数について詳細に調べたデータはない。景気が良くなれば自殺者は減るのだろうか。

自殺の予防 講義では「7合目が危ない」と習った。どん底を谷とし正常を頂上として、病状がかなり回復した時と正常から少し悪くなった時点が危ないと。谷底にでは自殺を試みる気力は残っていない。悪くなりかけでは前途を悲観し、回復過程ではうつ病の再発を恐れて自殺を企てる。しかし実際には精神科医をして自殺を予期できない事例は7割以上になる。

自殺予防は「つながり」を切らないことである。予定や約束はもちろん、もめ事やごたごたでもいい。善し悪しは関係なく、周囲とつながっていることを本人が自覚している間、悪いことがらなら渦中にいる間は危険が少ない。借金のめどが立った、夫が死線から脱したなどふと気が抜けるときが危険である。

救急隊のすべきこと 大塚1)は3点を上げて注意を喚起している。第一に秘守義務とプライバシーの保護。知り得た情報は漏らさないこと、野次馬の目から患者を保護することである。第二に正確迅速な情報収集。動揺する家族から手際よく情報を聞き出す技術が必要である。発見時間や既往はもちろん、家族の話から薬物の予想をし容器を探すなど短時間で必要なことを手際よく行わなければならない。第三に家族に対する接遇。家族は動揺している。わずかばかりの不用意な言動が後で大きな問題となることがありうる。動揺する家族の反感を買わないような思慮深い言動が求められる。 結論
1)うつ病の自殺予防はつながりを切らないことである。
2)守秘・情報・接遇が救急隊に求められる。

本稿執筆に当たっては北海道南空知(そらち)消防組合長沼支署 大塚貴久 救急救命士の協力を得た。

参考文献
1)プレホスピタル・ケア 2000;14 投稿中
2)臨床精神医学 1998;27(11):1315-1370


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