HTMLに纏めて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします


月刊消防2001 3月号「最新救急事情」

精神科救急 意欲と教育制度

 

消防救急では高度化に目が向けられている。特定行為の拡大や病院実習の定期化など、それはそれで素晴らしいことである。しかし、救急隊員全体としてのレベルアップについても考える必要がある。
 
 
 事例 北海道鶴居村
 
 昭和62年11月、母親の職場から、「お母さんが、体調不良を訴えて家に帰ったが様子がおかしいので見にいくように」との連絡があり、急いで自宅に行くと、いつもと違う母がおり、右半身が自由にならず言葉も上手く出てこない状態だった。脳動静脈奇形による脳出血で右半身の麻痺と失語という大きな障害を負った。いまでは、一見して明らかに脳疾患であると判断がつく状態であったのにもかかわらず、消防職員となって1年半の私は初めて見る光景だった。病院に向かう前に麻痺した体でトイレに行ったり、自家用車で村立診療所に連れて行くように指示する母を抑制する事ができなかった。
 平成3年5月、鶴居村と標茶町の境界より300m標茶よりで交通事故が発生したとの通報。直後、姉の職場の方が血相をかえて「お姉さんが事故を起した」と消防に駆け込んできた。慌てて現場に向かうと、車は単独で路外逸脱し転覆状態だった。母親と2番目の姉が地面で寝かされ状態であり、運転していた姉が放心状態で立っていた。母は動揺はしているものの意識はしっかりとしていた。2番目の姉が意識はしっかりしているものの、顔面蒼白で腹部の痛みを訴え、左足首にかなりの切創があった。私は救急車に同乗し、障害を持つ母親のため掛かりつけの脳外科への搬送を依頼し、二人とも脳外科に収容となった。病院でも母を優先的に診察を開始し、収容からしばらくして姉が切創した足首の縫合処置をされているとき、ショック状態となりその後の検査で脾臓の破裂がわかり、転院搬送となり緊急手術が行われたが腎不全を併発し2週間後に亡くなった。
 母親は脳に受傷はなく、右上腕部骨折で整形外科へ転院となった。
 私は、この年の9月に救急汢ロ程受講の機会を与えていただいた。
 母親の脳出血にしても姉の腹部外傷にしても救急隊員としての知識があれば判断がついたものだった。どちらの場合も、もう少し適切な判断ができれば、あれほどの障害を負わなかったのではないだろうか? 仲の良かった姉を失わなくても良かったのではないだろうか?と深く考えている。
 
 上を目指して
 救急隊に広く裁量が認められている国では、救急隊員の質を維持するために教育にも力を入れている。テストケースとして、救命士に医学部の解剖学を学生に混じって3ヶ月間受講させた報告1)がある。彼らは講義だけではなく人体解剖の実習も行った。終了時には多発外傷と蘇生についての知識が飛躍的に向上した。人体解剖実習は文句なく勧められると結論している。
 一年間に行われた気管内挿管の試行回数(何回で入ったか)を疾病別に分析した報告で意識下挿管と経鼻挿管が手間取ることを発見し、これからの訓練ではそれらを重点的に取り上げるべきだとしている報告2)もある。
 講義内容も日々進歩している。サンフランシスコでは脳血管障害患者に対するケア向上を目指して4時間の「脳卒中」セミナーを受講させ、診断・処置技術の向上を認めている3)。同様のセミナーは小児救急・頚損・心電図読影でも行われていて、それぞれが効果を上げていることが示されている。
 
 救急I課程以下

 今回紹介した事例は、平成11年4月から救急業務を消防で開始した特殊なものである。それまでは民間病院に委託し救急搬送を行っていた。しかし、そういう特殊条件を勘案しても、これと同じ例は全国至る所にあるだろう。平成9年の自治省通達4)によると、全国の1/3の救急隊員は救急I課程以下であり、それも地域差が非常に大きいとある。北海道でも初任研修に引き続き標準過程を受けるところもあれば、何年も救急車に乗って、ようやく標準過程となるところもあってまちまちである。小規模消防ほど待たされる傾向が強くなるようだ。
 せっかく標準課程が受講できたとしても、それら講義が身に付くかはその人による。旭川で標準過程を教えていた経験からは、受講者は20歳の若者から50歳を越える司令まで様々であったが、概して年齢が高い方が熱心に講義を聴いていたように思う。「ようやく受講できました」とは地位の高い人は必ず口にする言葉だった。また、講堂には必ず複数、さも「命令されたから来てやってるんだ」と言わんばかりヤツがいた。
 
 機会は均等だ
 医師が舌を巻くほどの知識と技術を持った救命士がいる。片や、免許取得で仕事を終えた救命士がいる。救命士でなくても「プレホスピタル・ケア」と「救急救命士標準テキスト」を精読している標準課程者はいっぱいいる。
 常に勉強しよう。症例の少なさを知識でカバーしよう。救急隊員対象のセミナー・症例検討会はあちこちで開かれている。メールができる携帯を持っているなら、地域の救急メーリングリストに加わってそれらの情報をチェックしよう。医学部受講の報告1)でも、初めは熱心な人材を送り込んだとある。頼りになるのは教育制度ではなく、結局のところ自分自身なのである。
 
 結論
 1)医学部にも救急隊員は進出している
 2)意欲とそれに応えうる教育制度が必要である
 
 本稿執筆に当たっては、釧路西部消防組合鶴居支署 高田勝也 救急隊員の協力を得た。
 
 文献・注
 1)Am J Surg 2000;179(3):229-33
 2)Prehosp Emerg Care 2000;4(2):164-7
 3)Prehosp Emerg Care 1999;3(3):207-9
 4)http://apollo.m.ehime-u.ac.jp/phc/www/kasumi/kasumi27.htm



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