お礼

北の三年寝太郎

 消防職員という人助けの仕事をしていると、よく患者や被災者がお礼を持ってきますよね。小さな町の分遣所で救急車に乗っていると、かなりの高率でお礼を持ってきてくれます。私どもは公務員です。だからお礼なんか受け取っちゃいけないのがあたりまえ。まずは例外なく丁重に「そんなことしてもらっては困ります。我々は税金で・・・」と決まり文句を言います。ほとんどコンビニやファミレスの接客マニュアルみたいなものですね。しかし相手も頑張ります「いやいや助けていただいたほんの気持ち程度で中身はたいしたことない・・・・」とか。押し問答の末にあまり突っぱねても大人げないので「それじゃあせっかくですから・・・」と押し頂きます。まさか、そんなものを受け取っているのか!と驚く方も中にはいらっしゃいましょうが、9割9分の消防は上記のような押し問答の末に受け取っていると私は信じています。

 さてそのお礼の内容ですが、これもかなりの高率でコーヒーセットが多い。中には菓子折り、缶ジュースや缶ビールのカートンなどもあるけれど、コーヒーセット、それもA○F製が圧倒的。ネ○レは極めて少ない。選ぶほうはメーカーなんてほとんど気にせず、店頭のギフトセットで適当なところを選んでくるだけなので、一方のコーヒー製造メーカーは会社の方針でギフトセットに力を入れていないのか、えらく損しているのになあ、と思っています。菓子折りなんて持ってこられても、お気持ちはありがたくいただくのですが、その事案で汗をかいた隊員の口にはいるとはまったく限らないのは、どこの署所でも同じでしょう。

 いままでもらったお礼で一番印象深いものとしては、もう10年以上も前の山岳救急事案でのことです。夕方の4時頃の通報で、山の頂上付近で転倒骨折による負傷者がいるというものでした。ひとりで待っていると言います。負傷したのは午後1時頃。その頃は既に夏も盛りを過ぎ、山の上は寒いであろうことが予測されます。まだ防災ヘリなど無かった頃ですし、本格的な救出対策は後続隊にまかせてとりあえずエアバンデージと無線機を持って若手2名で現場に向かいました。山道をジープで1時間、通常登山で約4時間の位置付近に負傷者はいるようです。初めてのマラソン登山でした。真っ暗な中を約2時間で駆け上がり、負傷者を発見、足首骨折の疑いでしたが元気なことを確認し、本部に無線で報告「要救助者発見!」といったところで無線の電池が切れてしまったのには閉口しました。

 その後、後続隊が続々と登ってきて、応急担架を作成し現地を離れたのが午後9時。山岳会や消防団員も後続隊として投入され、急峻な崖道を、大人数で交代しながら降りてゆきます。6時間をかけて救急車に搬入したのは午前3時でした。救急車内では「真っ暗な中で救助隊員の声を聞いたときは神様の声のように聞こえました」と言ったとか。救急救助隊員冥利につきますね。結果的にかなりの大人数が救出に関与したのですが、数ヵ月後、退院して自宅に帰った本人から、ちょっと高そうな肌掛け布団が自宅に届きました。いやこれはどうしたものかと職場の仲間に聞くと、消防だけではなく役場や山岳会、救助に関与した人全員に届いたものであるとのこと。恐れ入りました、そこまで感謝されるとは。

 ともあれ、そんなものを全員で示し合わせて返却したら、却ってものすごく迷惑になるであろうとの解釈で、ありがたく今でも使わせていただいているところです。

 私自身はこの救助事案以来、山道の無理がたたって膝の調子が悪く、登山をすると、まるで膝に針を刺されたような痛みが来るようになり、未だに治りません。布団なんていらないから昔の膝を取り返したい気持ちもあるのですが、年相応と言われればそんな気もするし・・・昔の思い出でした。


<救急隊員日誌 目次へ