悩み

作:男爵

 私は都市部の救急隊員です。管内には総合病院や専門病院,救急告示病院が複数箇所あります。そんな恵まれている医療事情ですが悩みはあります。それは「病院選定」です。

 半年くらい前の午後9時頃,こんな症例がありました。

 内容は「63歳,男性。胸の苦しみ。過去にA総合病院消化器科で手術,入院していた」とのこと。私は『A病院か・・・,告示で循環器科はあるな。でも今日は何科の医師がいるだろうか』と考えていました。

 さて,そのようなことを考えている中,6分後に現場到着しました。傷病者は居間で座り,意識清明でバイタルサインは正常範囲内でした。咳が出る。少し前,急に胸が苦しくなり1回吐き,少し改善したがまだ苦しい。最近,寝不足で疲労している,との訴えでした。呼吸音聴診のため,胸の中に聴診器を入れたところ少し発汗していました。雑音はありません。心電図モニターも異常なく,血中酸素飽和度も99%でした。念のため酸素投与を2L/分で開始しました。

 私は観察結果から循環器系疾患を疑い,そのことを傷病者に説明し循環器医師が常に当直している一番近くの循環器科専門のB病院(現場から10分)への搬送を勧めましたが,A総合病院(現場から5分)への搬送を希望しました。

 A総合病院の夜の急患受け入れ体制は,各科目の当直医師の中から指定されており,医師によって診療できない場合があることを私は知っています。また,時間外の搬送可否の確認は看護師か警備員を経由しての伝達ですので,時間がかかります。過去にも時間を要したあげく,受け入れしてもらえなかったことがありました。

 嫌な予感は的中しました。最初に警備員が出て,次に電話に出たのは当直の看護師でした。観察結果を告げると「主治医は誰ですか」「何科に入院していましたか。それはいつですか」「診察券番号はわかりますか」等々あまり重要ではないことを多く聞かれ,私から「当直の先生と直接話がしたいのですが」と丁重に申し出た後「少々お待ち下さい」と保留状態になってしまいました。その間,家族の痛い視線が突き刺さります。待つこと3分,看護師から「当直医師に確認したところ,心疾患だったら診れないとのことで受け入れ不能です」との回答でした。既に到着から15分かかっています。幸い傷病者の容態に変化はありませんでしたが,冷汗が気になりました。

 再度,傷病者に説明し,B病院に確認をして搬送を開始しました。既に現場到着から21分経過しています。

 胸をなでおろし搬送開始したのもつかの間,傷病者が気持ち悪いと言い出し,意識がJCS10に変化,顔面は蒼白,冷汗が著明になりました。呼吸は浅く,脈拍は橈骨動脈で弱く約50回,心電図モニターは,先程より明らかにR-R’間隔が広がり徐脈です。血圧を測ってみると90mmHgで,胸の苦しみの増悪,左上肢の張りを訴えていました。三次病院までは時間がかかります。酸素投与を高濃度で10L/分に増量,搬送先の医師に再連絡し,搬送開始から7分後,容態変化から4分後にB病院に到着しました。私が冷や汗をかくような症例でした。

 後日,病名を確認したところ,胸苦,冷汗,自律神経疾患の疑いで程度は軽傷でした。

 私は,必要によっては傷病者の希望と異なる医療機関を勧めたりもしますが,希望が優先されますし,専門の病院に行ってその科目の病気でなかったらどうしよう,という不安もあります。傷病者と病院の間で日々葛藤し悩んでいます。救急隊員にとって,複数の医療機関があることは良いようで,厳しい側面も持ち合わせていると思うのです。これは医師の科目専門性の弊害も要因の一つなのでしょうか。


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