050202誰が決めたか田舎の掟

作:ホットマン

 田舎町の我が救急隊には、誰が決めたのかおかしな「掟?」がある。私はこの「掟?」のせいで生涯消えぬ大きな後悔と責任を負った。

 ある当直勤務の日、いつもと変わり無く上番勤務者と下番勤務者の引継ぎを終えた。

 今日は雲一つ無い晴天、路上の雪が太陽の光を反射してとてもまぶしく明るい爽快な日であり、「平和」の空気が漂っていた。そんな中私は、当直隊で消防車の走行テストへ出掛けた(田舎消防の隊員は火消し、救助、救急すべて兼務なのです)。消防署を出発して700m程走行したであろうか、隊長が急に「止まれ!」と私に言った。私は車を車道の左側に止め、隊長の顔を見た。隊長の視線の先を追うと、なんと歩道の雪の上に「赤い塊」が….

 「人だ!」隊長は無線で救急隊の出動要請を、私は傷病者の観察を開始した。傷病者は60代くらいの女性で圧雪の歩道でうつ伏せに倒れており、意識あり、呼吸正常、脈拍は橈骨動脈でやや強く速く触れる状態であった。「どうしたの?大丈夫?」と聞くと「胸が痛い…」と訴え、「名前は?」と聞くと「○○○○」と答えた。「転んで胸を打ったの?それとも倒れる前に胸が痛かったの?」と聞きながら体位を変換しようとしていたところ「倒れる前….」と答えたかと思うと直ぐにゲボッ!と吐いた。かろうじて誤嚥は回避できたが、私の手はゲロまみれ….

 そして救急隊が到着した。私はまだ観察を終えておらず傷病者の身体状態を理解出来ていなっかので、そのまま救急車に乗り込み無理やり救急隊長となり観察を継続した(田舎消防ではこういう融通が利く場合があるのです)。継続観察の結果、瞳孔は両側ピンポイントで血圧は触診で200mmHgあり、右片麻痺が認められた。(やばい、頭だなこりゃ… 三次病院に搬送だな….)と思い顔を上げたらなんと目に入ったのは地元の病院だ。もう病院到着の無線報告がなされ、病院のスタッフが救急玄関から救急車を迎えに来ていた。複雑な気持ちのままドクターに引継いだが、嫌な予感は的中した。ドクターは看護師に「CT撮って〜」と指示した。

 「ちょっと先生、どう見ても頭がやばいでしょ…CT撮ってもここには脳外科はないでしょ…まして脳外科のある病院までは30分くらいかかるよ。脳圧亢進に対する処置だけサッとして直ぐ三次病院へ救急車走らせようよ….オーバートリアージでいいじゃない。」と言ったのは、心の中の私でありドクターには聞こえるはずも無かった。後ろ髪をひかれながら病院を後にし、後に依頼があるであろう転院搬送の準備をした。地元病院へ収容してから50分が経過した頃、転院搬送の連絡を受け病院へ向かった。そして傷病者と対面し愕然とした。JCS200で経口エアウェイによる気道確保が成されていた。「さっきまで話せたのに…三次病院へ直送していれば…. 」

 我田舎町の救急隊は、搬送=まずは地元病院という「掟?」に従うところがある。病院選定をしないのだ。だから、救急車に収容したら直ぐに走り出す。第三者が見ると確かに迅速に搬送しているかに見える。しかし中身は最悪で助かる人も助からない状況に陥れてしまっている場合がある。地元病院へ先ず搬送する理由が町営施設だからという義理なのか、単に救急隊自体が早く傷病者管理の責任から逃れたいのかは知らないが、救急隊のこうした対応が結果として町村医療のレベルの上がり難い原因、さらに町村住民の救命率が低い原因を作ってしまっているのではなかろうか。

 この事例の女性は、後日転院先の病院へ伺ったところ意識は戻り開眼は可能だが、寝たきりで食事は胃管による鼻からの流動食であった。そして何よりもショックだったのは意志の疎通は一生無い状態となっていたことだ。この状態を目の当たりにしたとき、私が救急研修時に教わった救命センターのドクターの言葉を思い出した。

 「小さい町の救急隊は、どんな傷病者でも先ず地元病院へ搬送する変なところがあります。その病院で検査など無駄な時間を費やしたがために助からない人が結構います。医師も気付くべきですが、救急隊の皆さんもこの変なしがらみを崩しましょう。」

 私は一歩遅かった。私が早く観察し、3次病院への搬送を宣言し強行すれば社会復帰できたかもしれない。たとえ3次病院へ直送したことを後で上司に怒られても、正しいことをしているのだから説明がつく....。失敗であった。しかしこの事例での後悔と責任を一生胸に秘め、今は私から「掟?」崩しを実行している。一部の救急隊員は未だ地元病院搬送優先のスタイルをとっているようだが....。気付いて欲しい、三次病院での治療を要する傷病者を地元病院(2次病院以下)のドクターへ引継ぐことが必ずしも正しいことではなく、単に救急隊の責任転換行為であり、傷病者を助ける使命から逃げて見殺しにしているのかも知れないことを.....。


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