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090301伝説の男

作)貪欲な男

 その先輩は伝説をつくった。つくったのか?いや、あの人の存在自体が伝説なのだろう。なんせ、サンダルで救急出場したのだから。

 私より5つ年上のその先輩は、とても優しい方で良くお世話になっている。先輩が消防士を拝命して5年ぐらいの間に数々の伝説を残したそうだ。私はリアルタイムで目にしていないので真実は定かではない。

 現場に資器材が置かれたまま。「すみません、忘れましたノ。」「しっかり確認しろ!」とカミナリが落ちる。消防車の扉は半開き。「しっかり閉めろ!」と怒鳴られる。給湯室でお茶入れをした後のシンク周りは水でビチャビチャ、ポットはコーヒーの跳ね返りでベタベタ。「ちゃんと拭け!」と説教。繰返し何度も言われているのに、あった所に戻せない、開けたものを閉れない、言われたことができないのだ。

 火災救助訓練をしたときはこうだった。「よし、《応急はしご》で救出する。」と隊長から下命。先輩は地上でロープを結び、登梯し上部の支点を作成して2階へ進入する役目だった。今では初任学生でもやっている基本的訓練。でも、その基本となるロープの結び《もやい結び》ができなかった。隊長は「もやや結びか!」とどこかの歌手の愛称のように、ズバッと揶揄した。

 一番問題なのは、怒られても頭を下げているだけで、実際は心ここに在らず。話を聞かない上、間違ったことを素直に謝らないで、言い訳をすることだった。そんなことを繰り返すうちに、何か変なミスがあるとその先輩のせいにされた。実際は違っていても、誰からも信じてもらえなくなり、信頼関係が大切な職場では致命的となった。挙げればキリがないと諸先輩方は言う。話を聞く限り、本当にあったのだろうかと疑問に思う。きっと誇張している、そうに違いない。そう思うぐらい、思いたいほどのあり得ない出来事ばかりだった。

 「俺の若いころはいつも先輩方に怒鳴られて、ある意味パワハラを受けてたよ。でも全部俺が悪いんだよな。」と先輩は言った。命令されたこともできない、気を利かせたつもりでやったことは間違いで、逆に時間の無駄と怒られた。滾々と説教を受けても、我関せず。夜間の仮眠時間になれば、テレビを見て大笑い。さっき怒られたのはどうなったのだろう?!と不思議に思うほど、反省の色が全くない。全員お手上げ状態だった。

 でも先輩は変わった。今では、その当時の面影は皆無で、救急救命士の資格を取り、救助隊員としても活躍し、後輩をビシビシと指導している。新卒の後輩が入署することがキッカケとなり、そのグダグダな時期から離脱しようと努力した結果だった。

 そんな先輩に何に気をつけたのか聞くと以下の点を挙げてくれた。

 こんな当たり前のこと、単純なことができなかったのだ。私もミスをする。話を聞いて再認識し、驕らずにひとつ1つ確認しながら、やっていこうと思った。

 あなたの周りに、こんなダメ消防士はいますか?もしかしたら近くにいるかもしれない。でも落胆しないで欲しい、必ずその人は変わるはず、変わりたいと思っているはず。その人に何かちょっとした、ほんのちょっとしたキッカケを与えてあげて欲しい。その人の背中を少し押すだけで、その人の、あなた方の未来が変わっていくのだから。


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09.3.1/10:01 AM