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090314宿題おじさん

作)エドワード・モルテ

 救急出動の帰署途上、ある会社の前を通りかかった。
"お、○○会社かぁ。"
そこは私がまだ予防係だった頃、毎年査察で訪れていた会社だった。今では、救急車に乗務する立場になったが、4-5年前までは危険物、消防設備などの予防業務の事務取扱をしていた。

 予防係1年目の立入検査、その会社に上司と共に訪れた。「初めまして、予防係のエドワード・モルテです。」と言うと、真っ黒に日焼けしたおじさんが笑顔で出迎えてくれた。「お、新顔だな。」となんだか嬉しそうにおじさんは言った。"なんか、とってもいい人じゃないか"と心の中で思い、初めての査察の緊張感からホッと気持ちが和らいだ。

 おじさんは変わらず笑顔で、上司から査察の説明を受けている。関係書類に目を通している私の隣で、おじさんがソワソワしているのが視界に入ってくる。書類を読み終えると間髪入れずにおじさんは質問してきた。「タンクローリーのこの部分って、あれでもいいのか?」私は、"え、何が??え、いいんじゃねぇ"と思ったけれど、自信がない。「え~~~、あのですね~~」私の交感神経は優位になる。「たぶん...いいで...す...よ、いや、ちょっと...」なんとも歯切れの悪い回答。"いやぁ、まいったな..."と思っている隣で、上司はニヤニヤしながら聞いている。「この消火器だけどよ~これじゃダメか?」「この屋外タンクの周りに看板建てたいんだけどいいか?」矢継ぎ早に次から次に質問が来る。"消火器は...あれだよな?タンク周りか...保有空地は...このタンク容量だと何メートルだったかな??"関係法令を思い出そうと頭の中はぐるぐる回る。でもうろ覚えの頭では、叩いても、振っても何も出てこない。"まいった~~、勘弁してくれぇ"心の中で大絶叫!そんな私を見て、おじさんはますます笑顔になる始末。「え~、確認して後ほど回答いたします。」と頭を下げ、そこを後にした。完璧にやられた、完敗だった。

 帰署後、上司にそのおじさんのことを訪ねると「あの人、必ず何か聞いてくるんだよ、特に若い新人にな」と言う。"何だよ~先に言って欲しかったなぁ"と思いながらも、関係法令等を調べ、電話で回答し事なきを得た。それからというもの、毎年査察に行く度に、あ~でもない、こうでもないと重箱の隅をつつくような質問を受けた。「じゃあエドワードくん、それ宿題な!」と言われ、署に持ち帰るのは恒例になった。

 それから数年が経ち、私も後輩を連れて査察に出向するようになり、おじさんのいる会社を訪ねることになった。おじさんは、相変わらずいつもの笑顔で出迎える。"今日は、何聞いてくるんだ?!"と戦々恐々な私を他所に「お、今年も来たな」と嬉しそうに話すおじさん。「今日は、後輩の○○消防士と来ました。」と私が言うと、おじさんは獲物を見付けた様な目で後輩○○を見た。案の定、後輩○○は質問攻めに。隣で聞いている私が回答しようとすると"エドワードくん、答え言わなくていいよ"とおじさんの目が私を制する。後輩○○は宿題をもらい、私には宿題が出されなかった。ちょっとは認められたのかなと、嬉しい気持ちと寂しい気持ちと良く分からない心境だった。

 宿題おじさんのおかげで勉強し、若干ではあるが予防業務を理解できようになった。おじさんは私にとって、学校の先生のような存在だったのだろうか。今思えばとても感謝しているが、苦い思い出だ。


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09.3.14/10:45 AM