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091228伝説の男2

作:貪欲な男

 まだ、伝説は終わっていなかった。なんせ、救急出場に備え、ドアを開放して用便をするのがポリシーなのだから。

 “伝説の男”こと私の先輩には、まだ逸話が隠されていた。この前の当直の仮眠時間にある話を聞く事ができた。どうせデタラメな話だろうと、マユツバもんだなと思いながら耳を傾けた。

 「お前何度言われたらできるの?!」「何回同じ事言われてる??」「話聞いてんのか?幼稚園児でも出したおもちゃは片付けるぞ!」

 個人情報が記載されている大切な書類やみんなから集金している職員互助会のお金を平気で机の上に開きっ放し、出しっ放しで、救急出場してしまう。出場指令がかかり、1分1秒でも早く臨場したい気持ちはわかるが、ちょっと酷すぎる。事務所に残った救助隊員の一人が「またかよ...」と呟き、そっと書類とお金を机の中に片付ける。何度先輩から怒鳴られても出来ない。「なんなんだ、あいつ」と事務所にいる皆が首を傾げるのは、いつものことだったそうだ。

 数年前そんな先輩は、ある同期の消防隊員に感化され、消防救助技術訓練指導会への出場を決意した。毎年私の消防本部では、11月頃に来年の出場者の希望調査を行い、翌年の春先に署内選考会を行うのが通例であった。

 「おい、あいつ指導会出るんだって?」「はぁ〜、無理無理、どうせ時間の無駄だよ!」「あいつが指導会?ちゃんちゃら可笑しいぜ!ヘソが茶〜わかしちゃうよ!?」一様に皆、否定的な事を口にした。それも無理はない、なんせ、集中力のないのは周りから見ていても明らかで、そんな人が過酷な訓練に耐えられるはずがないと思っているのだ。だが、先輩は頑張った。当務や非番での体力錬成は勿論のこと、出場や各種通常業務、訓練を難なくこなすようになった。今までのあの集中力のないあいつはどこに行ったんだろうと不思議で仕様がなかったそうだ。夜間、早朝の業務の合間に「車庫にいます。」と事務所を出て、車庫で訓練をしていた。額に光る汗を拭う仕草や、汗で変色しているTシャツ姿、ボロボロになった救助服を見て、何とも頼もしく思えたそうだ。

 選考会当日、下馬評を覆し、先輩は指導会への出場権を獲得した。「当然だよ。」と否定的な事を口にしていた上司達は、一様に満面の笑みと拍手で讃えた。地区支部大会を勝ち抜き、全国大会への切符を手に入れるまでは、皆予想できなかったようだが。

 話を聞き終わった後、廊下で先輩と会い、話を聞いてみた。先輩は「全国大会に出たからって、優秀だとか、素晴らしい救助隊員だと思ったら大間違いだ。出場したことが、すごいんじゃなくて、そこに辿り着くための道程が大事なんだ。きっかけはどんな事でもいいんだよ。気づくか気づかないか。やるか、やらないか。どうせやるんなら、一生懸命やった方が気持ちがいいだろう。」と事務所前の廊下に飾られた全国大会の表彰状に目をやりながら、そう静かに語ってくれた。


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10.2.7/4:26 PM