OPSホーム>救急隊員日誌目次>130525演技

130525演技

作)ゆうたん

 地域ではちょっと有名な70代前半の夫婦がいる。奥さんが男勝りでいつも旦那さんが尻に敷かれている印象があり、街で姿を見かけてもどっちが旦那なのか分からない程だ。

 ある真冬の早朝、その家から「旦那が動けない。」と通報があった。動けないというキーワードから重篤を考慮し現場へ向かう救急車内は緊張に包まれた。

 現場へ到着すると奥さんが玄関先に居り、聞けば傷病者は布団で寝たままで言葉が喋れず動けないという。重篤な脳疾患を視野に入れ傷病者が居るという寝室へ案内され、傷病者と接触した私たちは目を疑った。動けないという傷病者は布団の中に居たが、なんとコートをしっかり着込んで靴下もしっかり履いているではないか。いつでも真冬の寒空の元へ外出出来る格好そのままで寝ている。

 怪訝に思ったが、声をかけても傷病者は黙ったままである。脳疾患の疑いも捨てれないので四肢の麻痺を確認することとしたが、四肢には強く力を入れているようで動かすことが出来ない。「触っているのが分かりますか?」と問いかけると小さく頷く。「動かして見て下さい」とお願いすると、手や足にグッと力を入れている。麻痺は無い・・・。瞳孔も異常なくバイタルサインも正常範囲である。昨日から風邪をひいていたということであるが、コートを着込んで布団に入っていたが熱は微熱程度である。

 何かがおかしい・・・。

 傷病者はしっかり目を開けており、言葉は出さないが我々の問いかけには時折しっかり頷く。奥さんに色々と状況を聞いてみることとした。「昨日から風邪気味で熱があったんだよね」「朝になったら具合悪くて起き上がれなかったよね」「喋れなくなったのは朝からだよね」等と旦那さんにも同意を得るかのように話しだすと、それに合わせて傷病者は頷く。

 一番怪訝な点を尋ねてみた。「旦那さんはいつコートを着たのですか?」

 通報したあと救急隊到着までの間に、奥さんが自分で着せたと答えたが、寝ていて動けない傷病者にズボンを履かせコートまで着せてボタンをしっかり上まで締め、さらには靴下を履かせ再度着衣が乱れないように布団に寝かせるのは我々でも至難の業であろう。

 どう考えても自分で着替えをしてから横にならなければ無理である。そしてしっかり覚醒しており問いかけにも頷け、四肢にもしっかり力を入れることが出来る。奥さんがしまいには「お父さん、あんたは具合悪いんだからちゃんと具合悪そうにして、何も喋らないで黙って寝ていなさい」と言う。

 この旦那さんは動けない演技をさせられているのだ。

 困ったのは収容依頼の電話である。「動けなくて喋れないと訴えている風邪気味の傷病者」としか言いようがなかったが、何かを察してくれた電話口の医師は快く受け入れてくれた。

 処置室から帰ろうとする私たちに向かって、「どうもありがとう」と声をかけてくれた傷病者の声が耳に残った。


OPSホーム>救急隊員日誌目次>130525演技


http://ops.umin.ac.jp/

13.5.25/1:40 PM