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151109訛り

作)ゆうたん

 私の住む町は、北海道の海沿いの漁師町、標準語に比べると訛りは強い。北海道弁どころか、この地域でしか通用しないような方言も数多い。

 近年救命士の免許持ちの採用者が当署でも増え、本州方面出身者も幾人か居る。そんな彼らがまず一番最初に困るのが、通報が良く聞き取れないことである。漁師町の喋る口調は早く、しかも訛りが強い為何を言っているのか分からないという。

 「何処かは分かりませんが、痛がっています。」通報を受けた新人は、そう出動隊へ情報を送り小言を言われることもしばしばである。

 しかも面倒なことに、苗字ではなく「屋号」でその家を呼ぶ風習が当地域には残っている。漁師町故なのだろうが、「ヤマ○○」「カク○○」呼び名も様々である。お店だったり漁師であればまだ良い方で、昔漁師だったが今はサラリーマン家庭という家でも、名残で屋号で呼ばれることが多く、「ヤマ○○の家だ、分かるだろう!」と電話の向こうから大きな声で怒鳴られる新人も可哀想ではある。

 当署に出入りしている業者の営業に、「北の良一」と呼ばれている人がいた。漁師ではないが風貌と口調が漁師そのもので、飲めば十八番は演歌の北の漁場ということから付いたあだ名である。署の人もみんな「北の良一」と呼んでいた。

 ある夜、高齢の母親が具合悪く病院へ連れて行って欲しいという通報があった。

 受けたのは採用間もない新人、良く聞き取れなかったが△△団地の「北野さん」宅ということだけは分かったという。地図で確認しその家に出動した。

 現場へ到着し家の玄関に入り呼びかけると、家人が驚いて飛び出してきた。なんと救急車は呼んでないといい、誰が悪戯したのだと怒鳴っている。

 こちらも驚きであるが、車両に戻って発生場所を署に確認しようと外に出ると、数件隣の「北の良一」さん宅の前で良一さんが「こっちだ!」と手を振っている。

 良一さんの家はSという苗字のはずである。何があったのか分からないまま、搬送することになった。同乗の家族に色々事情を聞いたところ、通報者は良一さんであった。

 幸い重症感も無く、病院に収容し帰署。

 車両整理後すぐに通報を受けた新人に尋ねると、確かに通報者は良一さんだと言う。

 「良一さんの苗字はSだぞ!」と言うと、驚いた顔をしている。そうなのだ、通報を受けた彼は良一さんの苗字が「北野」だと勘違いしていたのだ。

 良一さんは新人に家を尋ねられ、住所と苗字を名乗らずに「俺だ、良一だ。△△団地だ。」と言ったらしく、新人もよく来る良一さんの事は覚えており、良一さんとはすぐに分かったという。しかし悪いことは重なるというか、偶然にもその数件隣に本物の「北野」宅があったことが彼の勘違いを生んだのだ。そこに「北野」宅が無ければもう少し詳しく場所なりを聞く等したであろう。

 後日お礼も兼ねて「北の良一」さんが来署。「俺、苗字を北野に変えるかな。」なんて大きな声で笑い飛ばしてくれたが、私たちはただ平謝りするほか無かった。

 今では笑えない笑い話として、通報を受ける際の心構えの一つの事例として、新人教育の引き合いに出される今では先輩も気の毒である。


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15.11.9/11:37 AM