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160605_45歳からの医大生 其の壱

作)山いるか

 子供の頃は、決して裕福な家庭ではなかった…いや、むしろ貧乏だったと言った方がスッキリする。3人兄弟の真ん中で、いつも我慢していたような気がするけど、小学校も高学年になると勉強にも差が出てきて、母親には「お前は利口だから、頑張れば大学に行ける!」、「公務員を目指すんだよ!」などとハードルの低い目標を設定されていた。自分もいつしか「オヤジとは違う!大学に行って、ちゃんとした仕事に就くんだ!」などと、ちゃんと仕事しているけど給料の安いオヤジには大変失礼な夢を抱きながら、多感な少年期を過ごしてきた。

 中学はマンモス校で430人ほどの同級生に恵まれ、そこでも勉強はそこそこ出来るほうだったけど、塾など通う余裕のない我が家と、送迎付きで勉学に励む友人との差は縮むどころか加速的に広がり、いつしか家庭学習という無駄とも思える抵抗をあきらめて一気にドロップアウト状態。当初は部活を理由に勉強をサボっていたのが、色気づくとギターとCAROLを覚えて本格的に不良の仲間入り。それでもギリギリ、大学に進学できるような志望校にしがみついていたが、部活で活躍するとスポーツ特待生という甘い誘惑に負けてしまい、大事な中学3年の夏休みをフルに不純異性交遊と校則違反に費やして、山いるか少年の堕落した中学生活は幕を閉じた。

 ところが高校に入ると、そんな人間的な甘さは文字通り叩きのめされて、部活でも学校生活でも、本来のポテンシャル以上の水準を要求され続けた。その結果、高校2年の秋には名門バレーボール部の主将と、映画「クローズゼロ」を地で行くような高校の学年1位という栄誉を手に入れる事になったのだが、そうなると忘れていた進学の夢が「進撃の巨人」のように甦ってくる。当然ながら進路相談では就職組から、数少ない私学の推薦枠を利用した進学組へとシフトアップして行くのだが、不思議なもので高校の3年間ですっかり人格が入れ替わって、透き通った湧き水のような心を持つ山いるか少年は、なんと_大学に行ったら一から勉強をやり直して教職に就きたいと、純粋に熱い気持ちで思うようになっていたのである。

 そして悲劇は、高校生活最後の全道大会後に訪れた。「あぁ〜、これで俺は大学に行く準備ができる。」と試合で負けた事よりも内心ホッとして、翌日からはうちの高校では絶対にやらないような進学校の授業内容を特別に受けていた矢先、ちゃんとした仕事をしていたオヤジが大怪我を負ったと連絡が来たのである。怪我は深くて右手の拇指、示指の自由を失った。消防なら公務災害で補償されるところだが、零細中小企業は弱いよ…あっという間に我が家は困窮し、弟は高校進学までもあきらめて、住み込みの料理人になるといった。こうなったら兄もあきらめるしかないでしょう…職員室へと部活の顧問に呼ばれ、担任の同席のもと大学推薦の取り消しを確認したのは数日後。

 18歳で、たった数十万円の用意が有るか無いかで、その後の人生に大きくかかわるような世知辛い世の中なんだと知り、こうして、大学の存在は山いるかの心に深く刻まれた。

つづく


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16.6.5/10:37 AM