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170820 魔法の言葉

作)ウルトラマン

「救急指令。自宅内の風呂場で出産した模様。」分娩は滅多に経験することがない症例のためラリーでは人気がある。幸いにもその症例は、赤ちゃんは大声で泣いていて、お母さんも元気だった。保温したり、臍帯を切ったり。私たちのチームは無難に活動を終えて、誰もが「うまくいったんじゃない?」と思っていたが、このブースでの結果は「ドベ」だった。理由は、ある一言「◯◯◯◯◯」が無かったからだという。

 その2ヶ月後、救急隊長だった私は人生初の分娩症例に出動した。そのお母さんは、陣痛間隔が短くなってきたのでそろそろ受診しようと考えていたが、一週間はお風呂に入れないと思い、受診の前にシャワーを浴びていた矢先に分娩に至ってしまう。初めての現場で動揺は隠せなかったが、ラリーで経験したこともあって、なんとか車内収容までこぎつけることができた。ラリーのごとくお母さんも赤ちゃんも元気だ。臍帯も切った。保温もした。分娩後の出血も想定範囲内だし、バイタルも安定している。

「あとは病院までの10分間でこの活動は終わる。何事もなくてよかった・・・。」

ん?まて、あの一言を言っていない。危ない。せっかく習ったのに。私はマンシェットを巻くのをやめて、お母さんに話しかけた。これまでの私では絶対に出なかったセリフだ。

「お母さん大変でしたね。赤ちゃんは元気ですよ。◯◯◯◯◯!」

 すると彼女は、何か糸が切れたように泣きながら話し始めた。

「私、この子にいけないことをしたって・・・。お風呂とかダメって言われたのに。」「せっかくここまで頑張って育ててきたのに、お腹の中で我慢してくれてたのに・・・。」「でも、今の言葉を聞いてホッとしました。ホッとしたらなんだか泣けてきました(笑)。私、喜んでいいですよね?」「今の一言で救われた気がします。」

 今思えば、救急現場での彼女の表情は曇っていた。きっと自己嫌悪に陥っていたのだろう。なんでもっと早く言ってあげなかったのかと反省した。

 助産師さん曰く、たとえ赤ちゃんが新生児仮死だとしてもその言葉は必要なのだという。この日までお母さんは大きな不安を抱えながら頑張ってきたし、それほど赤ちゃんの誕生は尊い。分娩は、救急隊にとってみれば苦手分野であり、遭遇したくないとさえ思ってしまうかもしれない。でも考えて欲しい。お母さんと赤ちゃんが頼れるのは救急隊だけだ。患者は医師を選べるが、傷病者は救急隊に誰が乗っているかなんて選ぶことはできない。

 笑顔で救急室に入れないのが私たちの仕事だが、この時は違った。隊長も隊員も機関員も、お母さんもお父さんも笑っている。赤ちゃんだってきっと笑っている。それは、笑顔を引き出す魔法の言葉、「おめでとう!」のおかげだ。1秒でも早くお母さんにこの言葉を届けたい。分娩についてもっと勉強しようと、私はみんなの笑顔に誓った。


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17.8.20/5:56 PM