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橋本正儀、各務圭太、檜森聡、岡本篤朗、山林雄二、山原清一、其田一、塩野寛:入浴中の心肺停止で硬直が見られた搬送症例。プレホスピタルケア 2003;16(1,通巻53):50-51


入浴中の心肺停止で硬直が見られた搬送症例

橋本正儀、各務圭太、檜森聡、岡本篤朗、山林雄二、山原清一(釧路東部消防組合)
其田一(市立釧路総合病院救命救急センター)
塩野寛(旭川医科大学法医学教室)

はじめに 

 釧路町では平成4年から平成13年の過去10年間に自宅、銭湯および健康センターなどで入浴中の急病や事故により救急出場した件数は129件あった。発生場所は浴槽内、洗い場、脱衣所などであった。この129件の中で自宅浴槽内で心肺停止に至り搬送した6件の症例を比較検討したところ、次の2症例で全身硬直という特徴的な所見があったので、ここに報告する。

症例 

 この2つの症例は、いずれも11月に起きた出来事である。 
 Aは65歳男性。Bは76歳男性。いずれも泥酔の後家族に知られないまま入浴し、自宅の浴槽内に頭部まで水没しているところを家族に発見された。現着時には両名とも浴槽から既に引き上げられていた。湯の温度はともに約50〜60度、手を入れていられないほどの高温であり、Aは家族発見時ボイラーを風呂炊きにしたままの状態、Bは家族発見時蛇口から高温の湯を入れたままの状態であった。熱傷範囲は両名ともに全身に約90%、熱傷深度は水泡および白っぽく変色している箇所が見られII度ないしIII度。 CPR実施のため胸部に触れると表皮が剥離する状態であった。全身に硬直が見られたが、体温が暖かく、経過時間が短い、さらに動揺し悲痛な思いをする家族の気持ちも考え、救命は難しいと考えたが蘇生処置を実施し病院へ搬送となった。
 この2症例とも医師の指示を受け、コンビチューブの挿入を試みたが、下顎は既に硬直しており、開口困難で挿入不可能であった。だだちにバッグマスクにより人工呼吸を開始したが十分な換気が得られず、胸部の挙上は不十分であった。再び器具の挿入を考え経鼻エアウエイを挿入したが、これにも抵抗があった。換気は改善されないままバッグマスク換気を続行し、病院収容となった。収容後は処置なく死亡と判定された。

考察 

 この2症例の全身硬直は死体硬直と考えられる。 
 死体存置場所の温度が20度の場合、死体硬直は死後2〜3時間程度で顎関節に発現し1)、以後頚部、肩、上肢、下肢、手指、足指の順に発現する2)。全身に及ぶまでには6〜8時間程度とされている2)。最高潮に達するまでには10〜12時間2)もしくは20時間1)を要する。 
 今回の2症例は、入浴時間が30分〜1時間と一般的な硬直成立時間より短時間に全身に及ぶ硬直が起きていることは、浴槽内の湯の温度に深く関係している。 
死体硬直はATPの分解と産生停止による減少が原因と考えられている。すなわち、ATPの分解による直接的な筋肉の収縮とともに、筋収縮で形成されたアクチンーミオシンフイラメントを解くためのATP産生が停止するため、筋が収縮したままの状態が続くとされる1)。筋収縮は酵素が関係する化学反応であるため、ある程度までは温度が高いほど反応が亢進し、硬直は早く強く発現し、早く寛解する2)。 
 死体硬直と鑑別すべきものの1つとして熱凝固がある。これは筋肉が高温にさらされることにより固まるもので、焼死体などの極めて高い温度環境に置かれたときに見られる現象であり、今回の2症例とは異なる。 
 今回の症例では湯の温度は60度程度であり、この温度だとタンパク質は変性を起こすが、凝固することなく死体硬直と同じような硬直を起こすこともない。 
 傷病者が異常な環境にあるときは、その環境および付随する要因も記録し、確実に医師に引き継がなければならない。今回の2症例に関しての環境は浴槽内の湯の温度が異常に高温であること、付随する要因はアルコールの多量摂取および入浴していることを家族の誰もが知らなかったことである。またこの2症例のような高温環境での硬直は、死体現象ととらえ不搬送も考慮すべきと考えられる。 
 浴槽内での心肺停止からの救命については、発症から発見されるまでの経過時間に関係がある。自宅で水没した子供が救命されるのは、発見が早く、単独入浴が少ないからである。大人の場合は単独入浴が多いため発見が遅れる。このことが大きく救命に関与していると考える。

結論

(1)高温の湯をはった浴槽での心肺停止では 死体硬直が早く出現する。
(2)異常環境下の入浴中、心肺停止で硬直が あった場合、その環境の観察および記録が 重要であるとともに、死体現象の死体硬直ととらえ不搬送も考慮すべきである。

【文献】

1)永野耐造,若杉長英,編:現代の法医学.(第3版).金原出版,東京,1995,pp27-29.
2)塩野寛:臨床医のための最新法医学マニユアル.改訂版.新興医学出版社,東京,1995,pp35-37.


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