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玉川進:郡部の消防・郡部の救急隊:総論。プレホスピタルケア


郡部の消防・郡部の救急隊:総論

旭川医科大学第一病理学講座
玉川 進
旭川市緑が丘東2条1丁目1-1
Tel 0166-68-2372
Fax 0166-68-2379

はじめに

 今回のプレホスピタル・ケアでは、郡部の消防の持つ問題点を論じることにした。アンケートによって現在の問題点を洗い出し、これらの解決策を救急隊員自身に論じてもらう。
 大都市では豊富な予算を使い、専属の救急隊員が高度なサービスを提供している。しかし郡部ではどうだろう。少ない人数が救急から予防まですべてをこなし、毎日の雑用に追われてゆっくり専門書を開く時間もない。救急救命士を養成しても高規格車が入る予定はなく、高規格車があっても病院との連携がうまくいっていないため特定行為の指示も出ない。全てがシステマティックに動いている都市部の消防とは大違いである。

 私が接している救急隊員から聞く問題点は、大きく分けて3つに分かれる。
1)人員不足からくる問題
  1-1)乗り換え隊の問題
  1-2)訓練の問題
 1-3)研修の問題
 1-4)設備の問題
2)病院選定の問題
3)意識の問題

以下に私の住む北海道の過疎地域を例に取り個別に論じる。

1)人員不足からくる問題

 北海道内の郡部の消防では、未だに救急出動体制すら満足にとれていない消防署が存在する。職員が少なく3名当直がとれない場合には、宅直と称して自宅から隊員を呼び寄せ救急出場するか、ひどい場合には救急隊員が2名しか乗車しないまま出場している。また、旭川の近隣には救急車を持たない町も存在する。救急車は常に隣町からやってくる。
 国は平成13年消防白書の中で「全国民の99%をカバーする救急搬送体制」を確立している胸を張っているのだが、その中身にどれだけ責任を持っているかは甚だ疑問であり、救急車を運用しなければならない消防署がこのような体制でいることを行政は黙認していると考えられる。
 法律では、消防(救急)を行う責務を市町村に負わせており、その裏付けとして国が財政支援を行っている。しかしその支援を持ってしても消防行政を全うするだけの財政的な余裕がない町も散在しているのが現状である。結果として、都市と郡部の格差、また市町村格差が歴然と存在することになる。隣町では119番を回せば救急隊が即出動してきてくれるのに、うちの町では救急車がなかなか出てこない、といったことが許されている。もちろん、救急車を動かすために職員は恒常的な無賃拘束に耐えている。都会の消防職員には想像すら出来ないことであろう。救急医療体制の高度化を論じる前に、郡部の零細消防署の現状を把握する必要があるのではないか。

1-1)乗り換え隊の問題
 郡部の消防はすべてをこなしている。当然赤にも乗るし白にも乗る。すべてをこなすことは、言い換えれば一つに精通しないということになる。むろん乗り換え隊の皆がそうな訳ではないが、専門職員が提供するサービスより劣ることは容易に想像できる。

1-2)訓練の問題
 救急業務には経験が必要である。患者の容態、とくに「何か変だ」と言う感覚は経験でしか身につかない。しかし出動件数が限られる消防署ではこの勘が身につかない。ならば訓練が大切となるのだが、訓練には人数と時間が必要である。また大規模な訓練になれば設備も必要になる。郡部の消防では時間はどうにかなっても人数の確保が難しい。また設備については施設間で格差が非常に大きい。救急にどれだけ力を入れ、また予算を確保しているか、その自治体の指向によるところが大きいためである。

1-3)研修の問題
 全国的な大きな学会、臨床救急医学会や救急隊員シンポジウムは全国の消防本部に通知がくる。しかしそれも財政的な裏付けがないと参加は不可能である。私は小規模(支署レベル)の消防で全国会に公費で参加した例を知らない。救急医学会の地方会であっても参加には費用がかかる。自分の休みを利用し参加するにしても、宿泊を伴うような学会なら人繰りの点で難しい。人繰りの点からは救急救命士の生涯研修も同じである。研修のため1年に数日病院に詰めることもままならない。市立札幌病院のワークステーションのように、救命士が数カ月単位で病院に張り付くことなど考えられないのである。

1-4)設備の問題
 複数の傷病者が発生した時には対処に窮する。車両も救急隊員も限られているからである。この場合には同じ消防組合の中で救急車の派遣を要請しているようである。
 小さな町村では東京の研修所に送って救急救命士を育成しても運用に至っていないケースが数多く存在する。最大の原因は高規格車の導入が財政的に困難なためである。最近では半年間の東京研修の費用捻出が困難なため、救急救命士養成学校の卒業生を雇用する消防署が増えている。既に救命士である若者を採用することは組織にとって有利であることは間違いないが、その反面生え抜きの消防職員のモチベーションを低下させることにつながる。
 次の原因としては病院との調整が挙げられる。地元に小規模の病院しかなければ、終業前実習をそこで行ったとしても成果は限られるであろう。病院実習を他地域の総合病院で終えても、地元の病院との調整が残っている。少ない人数、せいぜい3人しかいない医師の多忙を理由に特定行為指示を断られる可能性は大きく、夜間の指示はなおさらであろう。

2)病院選定に関する問題

 私の知っている町村の大部分では、町の救急隊はその町の病院にしか搬送できない。小さな町村では受け入れる病院は通常公立病院一つしかない。つまり、病院選定は必要ないのである。公立病院(主に国民保険病院)は概して小規模で、標榜科も内科・外科・それに小児科があればいい方である。脳疾患であろうが骨折であろうが一旦は公立病院へ搬送される。患者にとってはとても不利益で、また大変不満を感じる救急医療体制である。以下に例を挙げる。

●自己転倒により受傷。一側の下腿に腫脹、痛みあり。他に外傷なくバイタルも問題なし。救急隊員としてはレントゲン撮影が可能で整形外科がある病院に搬送したいと考える。しかし前述の通り、転送となることを覚悟の上で町立病院へ搬送。結果、脛骨、腓骨骨折(非開放性)。即、整形外科のある近隣市の病院へと転院搬送となる。本人、そして家族は、適切な医療を提供することができない病院へと連れてこられた事に対して、強い不満と不信感を抱く結果となる。また救急隊員も分かっていながらそうせざるを得ないもどかしさを感じる。

 上に挙げた事例では下腿骨骨折であって2次病院へ転送しても生命の危険はなかった。しかし、くも膜下出血・急性心筋梗塞・重傷外傷など救命のために残された時間が僅かな症例では、1次病院に搬送してから2次または3次医療機関へ転送するという時間的なロスが時として致命的となる。転院搬送が死亡に関与したと疑われるケースならば、不利益を被ったとして本人や家族から民事責任を、また場合によっては刑事責任についてまでも追求される可能性すらある。なぜなら、当然の事ながら救急隊は「適切な医療を施すことが出来るもっとも近い病院」を合理的に選定する義務が課せられているから。しかし、この思想が地方、とくに郡部では実践されずにいる。訴訟にいたらなくとも住民と消防の間でトラブルになった例にはいとまがない。
 消防行政は「市町村ごと」で賄うという首長の意識に加え、病院も消防も同じ町の施設であることから救急患者は必ずその病院に搬送するという約束が多くの町村で存在する。住民のニーズに応えていくためには、市町村の境界を取り払い、広域の2次医療圏を構築していくことが急務である。こういった認識がなければ、救急隊はその使命を全うすることはできない。

3)意識の問題

 地方の病院で当直していてたまに救急車の搬入があると、消防署によって、また救急隊個人個人によって行動の、ひいては救急に対する意識に濃淡がはっきりしていることが分かる。また町村の救急隊で医師に対して申し送りをきちっとするところはほとんどないような印象を受ける。患者を急患室に置いてそのまま帰ろうとする救急隊が多く、こちらが引き止めてようやく経過を述べるといった具合である。たまにこちらが質問をすると全く要領の得ない返答しかできない。当然必要な処置も抜かしている。その点大都市の救急隊は実にスマートに業務を遂行している。
 この現実の裏には「救急は火消しの傍流」という意識が根底にあるように思えてならない。ほかに人の出入りがなく刺激の少ない職場・救急ばかりに精力を注いでいられない事情もあるだろう。しかし、申し送りを充実したり最低限の処置をすることはそんなに大変なことなのだろうか。
 ただ、この件に関しては医師側にも問題がある。搬入させただけで何も聞かずに救急隊員を帰す医師は非常に多い。無理矢理申し送りをしようとすると迷惑がる医師すらいる。医師が替わり救急や教育に熱心な人が救急隊の指導に当たるようになると、その救急隊はレベルが目覚ましくアップする。また有能な救急隊員の働きかけによって内部から充実してきた救急隊も知っている。お互いが切磋琢磨することでこの問題はクリアできそうである。

ではどうすればいいのか

 人員不足から来る問題も病院選定の問題も、個人レベルでは解決不能である。とくに人員不足は世の中の流れからいっても解消する見込みはない。そうなれば個人レベルで解決できることから行動を起こしていくより方法がない。
 私はここで精神論をぶつつもりはないし、がんばれば何でもできると思うほどおめでたくもない。しかし、小さい組織だからこそできることもある。大きな組織(=都市部)よりもフットワークが軽く意志決定も早くでき、消防救急を取り巻く変化に対して柔軟かつスピーディーに対応できるといった長所が小さな組織にはある。小さい組織は個人の「やる気」を引き出しやすい環境でもある。なぜなら、体制に不備が多く現状に対しての不満も強い分、改革意欲をより強く持つことができるからであり、何かを変えようとしたときには組織が小さい分より容易に変身を遂げることができるからである。
 この特集で現状に不満を持つ読者諸兄が現状打破のための何らかの糸口を見つけられることを期待する。

協力:大井雅博(紋別地区消防組合消防署興部支署)


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