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「シェアする症例」投稿


醤油による自殺企図の1事例

土屋正幸1、横田寿久1、今井 睦1、松田幸司1、硲 智幸1、長沢 博1、大井雅博1、玉川 進2

1紋別地区消防組合消防署興部支署
2独立行政法人国立病院機構 旭川医療センター病理検査科

土屋正幸:つちや まさゆき
紋別(もんべつ)地区消防組合消防署興部(おこっぺ)支署
098-1607 北海道紋別郡興部町字興部710番地
TEL 01588-2-2136
FAX 01588-2-2400



はじめに

 自殺企図事例に対しては外傷や内因性疾患とは異なった特別な配慮を必要とする。今回われわれは醤油を飲み自殺を図った事例を経験したので報告するとともに、「シェアする症例・事例」の趣旨に鑑み教育的な考察を加えた。なお、プライバシー保護のため考察と無関係な事項は改変してある。

事例

 70歳女性。一人暮らし。この1週間は風邪気味で臥床がちであった。

 「醤油を飲んだあと具合が悪くなった」と119番通報。覚知後2分で現場到着。傷病者は自宅居間で横になっていたがしきりに寝返りを打っていた。

 本人からの聴取では醤油を飲んだ時間は救急車要請の30分程前、量はおよそ100mlであり、醤油以外に服用した薬剤等はないとのこと。現場にあった醤油容器及び入れ替えて飲んだ湯のみ茶碗の残り量と全身状態の観察からほぼそのとおりと判断した。

 嘔吐は現場到着の10分-15分前に1回あった。居間のカーペットの上には20cm四方の嘔吐跡を認め、確認したところ固形物はなく、臭い・色から醤油と判断した。自殺達成のための他の方法、例えば首吊り・ガス栓の開放・灯油等の使用は確認した範囲では認められなかった。ただし本人には聴取していない。

 意識は清明、呼気臭は醤油の臭い、口唇に糜爛・付着物等なし、外傷・出血なし、四肢の麻痺等なし、腹痛なし、対光反射正常、瞳孔3mm、呼吸状態正常、脈拍133回/分、血圧135/59mmHg、SpO2 95% 。

 現場処置として観察、事情の聴取を行い、現場到着から8分後に救急車に収容完了し現場を出発、3分後に病院に到着した。

 病院収容後直ちに胃洗浄を行い、胃内の醤油を回収した。経過観察によっても血中ナトリウム、塩素濃度の上昇が見られないため1週間後に退院となった。

考察

1.醤油について

 醤油には食塩が重量比で20%含まれている。そのため摂取量によっては塩化ナトリウム中毒となり特有の症状をきたす。少量であれば腹痛・嘔吐・下痢などの消化器症状がメインとなるが、大量になれば血中のナトリウム・塩素濃度が上昇し、中枢神経系に異常をきたすため痙攣・昏睡となり、放置すると死に至る。致死量は塩化ナトリウム換算で体重あたり1?3gとされている1)。

 今回の事例では飲用したのが醤油だけなのか、他の薬剤も服用しているのかを確認したところ、飲用した量が傷病者の申告とわれわれの観察で一致したこと、他の何かを服用した形跡がないことから醤油のみと判断した。しかし、他の薬剤を同時に服用していた可能性を完全には否定できなかった。それは、摂取した薬物により症状は様々であるし、かすかな薬物中毒のサインを見逃していたかもしれないからだ。

2.現場で必要な観察について

(1)基本としてバイタルチェック:意識状態、血圧、脈拍の状態(頻脈・徐脈)、呼吸音、呼吸状態、瞳孔の状態(散瞳・縮瞳)、痙攣、麻痺等、粘膜、皮膚の状態、口唇、口腔内粘膜の状態、だ液の分泌状態、発汗、呼気臭、顔色、腹痛、失禁状態、外傷の有無

(2)自殺方法の確認:服用した薬剤の種類・時間・量は絶対に確認し、それが入っていた容器などを病院に持っていき、医師に伝える必要がある。

(3)他の方法を講じていないかの確認:例えばガス栓の開放、充満など、二次的な危険も有り、また、目的達成のために複数の方法をとっている可能性も有るので注意。例えば、飲用したのが一種類だけなのか、他の薬剤も同時に飲んでいないのか。
自殺企図者は目的達成のために複数の方法をとっている可能性があるので注意が必要である。二次的な危険があるガス栓の開放・ガス充満には真っ先に注意しなければならない。

3.現場で必要なこと

(1)傷病者のプライバシーの保護:家族、関係者以外の人の介入を遮断し、周囲に情報が漏れないように配慮することが必要。

(2)搬送によってもしその家が空になる場合、その住居の施錠、火気の状況については注意を要する。もし一人暮らしで搬送後その住居から出火等があった場合、救急隊員に賠償責任が生ずる、と考えて間違いない。

4.家族に対する対応の注意

(1)自殺企図の場合、一般的に家族が傷病者の情報を積極的に公開してくれるとは限らない。家族に不快な念を抱かせず、信頼してもらえるような誠意ある態度で接し、プライバシーの保護を念頭に入れつつ最大限の情報提供を得るよう努力する。

(2)傷病者本人の意識が清明であった場合には、不用意、不適切な言動はもちろん、情報収集のための質問ひとつとっても、本人にすれば尋問調に感じたり、責められた、侮辱されたと感じることがあるだろうから、細心の注意を払う必要がある。

5.搬送中の注意点

(1)患者の容態の急変、具体的には呼吸状態、血圧、脈拍、全身状態の観察。
(2)胃の内容物が十二指腸に進むのを遅らせる意味で左側臥位にすることがある。
(3)患者の精神状態いかんによっては、予想外の行動を突然とる可能性もある、ということを念頭に(例えば、走行中の車内から飛び降りようとするなど)。ただし、患者の人格を尊重し、接し方には充分な注意を要する。全身症状に注意していれば、精神状態の変化等も気づくと思われる。

6.本事例での反省点

(1)観察が充分ではなかった。このことは、薬物中毒に対する知識の不足が原因である。バイタルの安定している患者に対しては、比較的その傾向になりがちである。全身状態の更なる観察によって早期に様態の変化を把握できると思われる。
(2)患者のプライバシーの保護について配慮が足りなかった。

結論

醤油を飲んだ自殺企図事例を経験した。自殺企図傷病者では他に異物、薬剤を服用していないか確認すること、プライバシーを保護すること、注意深く傷病者を観察することが重要である。

文献

1)鵜飼 卓・監修:急性中毒処置の手引き 第三版。薬業時報社、東京、1999


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