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雄武消防が語る現場学(3)

医療過疎地の転院・転送について

講師:佐藤和幸

紋別地区消防組合消防署雄武支署

協力


7月、8月と海、山の救急事案を紹介した。最終となる今回は雄武消防が行う転院・転送についての問題点を紹介する。

転院・転送の典型事例

図1
事故車。フロントが大破している。

 11月某日夕刻、一般加入電話にて入電。

通報内容「稚内消防の○○というものですが、今携帯電話で通報がありまして、雄武町と枝幸町の境界付近で交通事故があり、怪我人がいるようなので、救急車の出動をお願いします。なお枝幸の消防にも連絡しています」

 現場は雄武町から北西側に13km離れた国道上であり、車両の単独事故であった。路面が一部凍結しており、車両がスリップしてガードロープに衝突した事故である(図1)。

 覚知から12分で現場到着。傷病者は既に通りかかりの人たちによって車外に出されていた。バイタルはJCS100、収縮期血圧121mmHg、脈拍147/分、SpO2 80%。前頭部、右手背部より出血、右腹部に膨隆が見られた。止血およびネックカラーを装着し車内に収容した。収容後酸素5L/分投与。車内観察中に枝幸消防が現着したため枝幸消防に状況を申し送り、覚知から18分で現場出発した。現場滞在時間6分。


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図2
国保病院搬送時の胸部レントゲン写真。本症例では右頸部から腹部にわたる皮下気腫が見られ、右胸壁の動揺も観察された。胸部レントゲン写真では7本の肋骨骨折、flail chestが認められた。胸腔ドレーン挿入により700mLの出血を認めた。腹部は膨満しており、腹部エコーにより腹腔内出血を認めた。この間に血圧は来院時96/40mmHgであったものが60mmHgへと低下した。名寄市立病院へ搬送途中にCPAとなり、病院到着後死亡が確認された。ロードアンドゴー、トラウマバイパスが適応となるPreventable trauma death事例であった。

 覚知から31分、雄武町国民健康保険(国保)病院(現場から病院まで13分)。診察の結果処置困難(図2)なため名寄市立病院へ転送となった。覚知から1時間17分、医師、看護師を同乗し病院出発(病院滞在時間46分)。覚知から2時間42分名寄市立病院到着(搬送時間1時間25分)。

 本事例は交通事故による典型的な転院・転送事例である。高エネルギー事故であり現在ではロードアンドゴーの対象とされる。しかし当時は2名しかJPTECの受講者がおらず、本事例でも乗車していなかった。

 結局は国保病院に収容し、46分後に同病院を出発している。覚知から1時間13分も経過しているのである。現場から直接走れば,紋別はもとより名寄にも到着している時間である。

減らない転院・転送件数

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図3
年度別救急出動件数と、出動件数に占める転院・転送件数。出動件数は年度で上下するものの,出動件数に占める転院・転送件数の割合はほとんど変わらない。

 年度別救急出動件数、転院・転送件数を図3に示す。対象となる病院は国保病院がほとんどで,他に個人病院からも年数件の要請がある。平成14年と15年の間には境界線を入れた。これは平成15年4月1日,雄武町の1次救急指定病院である雄武町国民健康保険病院が老朽化のため建て替えられたことを示している。

図4
平成15年4月開院の新病院。診療科目は、内科、外科、整形外科、小児科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科。医師4名、看護師26名、看護助手9名、他に放射線技師2名、理学療法士、臨床工学士、検査技師、管理栄養士各1名のスタッフで運営されている。
 新病院(図4)では最新の医療器具の導入を導入し、医師、看護師の増員も図られた。医師に関しては旧病院が2名であったものが新病院では4名となっている。これにより消防が関わる転院・転送件数も減ると期待された。しかし現実はグラフで見ての通り、建て替え前と後でほとんど変わっていない。施設・人員が増えても救急の転院・転送件数は減らないのである。

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図5
搬送先。最も遠いのは帯広市で300km。東京から名古屋までの距離に当たる

ここで、転院・転送の搬送先も紹介しておこう。搬送先のグラフ(図5)と

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図6
搬送先の地図

搬送先の北海道地図(図6)を見ても分かるように、転院・転送と言っても一番近くても40km、遠方では300kmも離れている。

図7
道立紋別病院。紋別市は雄武町から南東に40km離れたところにある。冬は流氷が接岸し、流氷砕氷船ガリンコ号のあるところで全国的にも名の知れた市である。またここには雄武消防が所属する紋別地区消防組合の消防本部が設置されている。

雄武町から一番近く、搬送回数の最も多いのは紋別市にある道立紋別病院である(図7)。紋別市には他にも脳外科、整形外科などの専門病院が多い。
病院の実情
 ここで転院・転送を少しでも減らす考査として国保病院を考えてみる。建物は建て替えられ、施設・設備は充実し、医師も増員。普通はこれで転院搬送は減るはずである。しかし、大きな手術、緊急手術をする時に麻酔医がいないのである。多分、ほとんどの町立病院では常駐しておらず、近くの病院から手術をするときにお願いして来てもらい手術するのが一般的だと思う。雄武の場合は道立紋別病院が近いためそこに麻酔医を要請をするのだが、道立紋別病院には麻酔医が1名しかいないため断られるケースが多く、結局国保病院では手術ができずに転院・転送の場合が多いのが実情である。
消防の事情
 ならば直接手術のできる病院へ搬送したらと思うが、ここからが消防の問題である。先月9月号にも掲載した通り、田舎消防の場合、救急患者は直近の町立病院が救急指定病院なので、まず最初は町立病院へ搬送するという決まり事がある。これをなくさない限り現場から直接高度治療の受けられる二次救急病院への搬送は無理である。そこで消防職員の資質の向上が求められる。田舎消防は救急専属の隊員はおらず、予防・庶務・警防係の職員が救急車に同乗しているのである。

 現在雄武消防には救命士が2名であり、組合内の各支署からみても少ない。現在は救命士の養成を予算要求しているところであるが、町の財政が厳しい状況の中、すぐにはできないのが現状である。

職員の資質向上を目指して
 救命士が雄武消防に採用される以前は,救急出動は無難に済ませばと思っていたが、現在は救命士のレベルに引っ張られ,他の職員も救急に関しては考え方が変わってきた。

 署内では救急の勉強会、資器材の取り扱い訓練などが不定期ながらも実施されるようになり、隣町の消防(紋別地区消防組合興部支署)と月例訓練を開催、救急、救助の訓練を実施して、隊員の資質の向上を目指している。

 他にも、平成13年1月に興部支署で立ち上げたOPS興部進歩の会がある。これは興部支署が救急隊員の資質の向上を目指し、旭川医科大学の先生の協力を得て不定期で開催されているもので、救急の基礎の講義、実技の訓練が行われている。現在までに35回の勉強会が開催され、今では興部支署だけではなく全道各地で開催されるようになり、数多くの消防職員や救急隊員が参加している。

 また道立紋別病院に出張医で来ていた札幌医大の先生の協力を得て、平成15年6月から紋別地区消防組合の職員を対象にした紋別救急勉強会(現在は紋別救命会)が月1回開催されている。ここでも講義、実技、症例発表などが実施されている。雄武支署の職員も両勉強会に数多く出席し、救急の知識を吸収し自分のレベルアップに努力しているところである。

 また、12名の職員のうち、7名が自らJPTECの講習を受講して救急の向上を目指している。

 このような努力を全員が長期的に続けていけば、医師または救急要請依頼者に信頼される救急になり、現場から直接高度治療の受けられる病院に搬送できる時が必ず来ると信じている。


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06.10.22/11:00 AM