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One Step Up 救急活動

第7回

救急活動現場での法律問題-事例から見る紛争予防と対策-

Lecturer Profile of This Month and Planner

名前;若松 淳(ワカマツ マコト)

所属;胆振東部消防組合消防署安平支署追分出張所
年齢;39歳
出身;北海道千歳市
趣味;バンド活動・スキー・バレーボール

消防士拝命;昭和63年
救急救命士資格取得;平成10年


救急活動現場での法律問題-事例から見る紛争予防と対策-

~多種多様な救急活動の法律的対応~

誰だぁ!!救急車なんて呼んだ奴!!

昭和から平成へと時代が流れ、雲仙普賢岳の大火砕流、台風19号と相次ぐ災害に見舞われた平成3年、救急救命士法は産声をあげた。

翌年からは救急救命士として活動する救急隊員が徐々に配属され、救急業務は単なる搬送業務のみならず、より質の高い病院前救護へとシフトしていく。

一方で、高度化する救急業務と平行して出動件数は右肩上がりに増え続け、様々なトラブルに遭遇する場面も少なくない。

今回は救急隊員から見たこうしたトラブルを、法律的視点から考えてみよう。

なお、残念ながら著者は片田舎の一救急救命士であり、法律の専門家でも担当部署にいるわけでもないため、資料、文献などを参考に仮想事例を紹介していることを申し添えておきます。



【活動事例ファイル1】繁華街での加害事故
case 1

☆「誰だぁ!!救急車なんて呼んだ奴!!」

(繁華街の写真1)hankagai1.jpg

正月休み明けの土曜日、時計は午前2時、世間は新年会シーズンである。

「今日は急性アルコール中毒が1件かぁ。それにしても一気飲みって、今どきいるんだなぁ。」

「そうっすねぇ?しかし、係長、夜はこれからです。まだまだ油断できません、はい。」

「おっ、珍しくやる気だね。」

「えぇ、なんてったって明日は札幌ススキノで新年会っすから。」

「なるほどね、そんな事言ってると…ホラ来た!」

「救急指令、華町3丁目○○ビル前交差点、20歳代男性が顔面から出血し倒れている模様」

「加害事故っすか?」

「あぁ?そのようだ!警察に連絡取れてるか確認してくれ!」

「了解!」

「指令より救急1、警察官は2名現場に臨場済み、なお負傷者1名23歳男性、友人と口論の末暴行を受けた模様」

華町3丁目はこの街一番の繁華街である。救急車は雪道をすり抜け現場へと向かう、現場付近では警察車両の赤色灯が物々しく光っていた。

救急車を降りると、男性の怒号と警察官の「わかったから!」という声が飛び込んでくる。

「誰だぁ!!救急車なんて呼んだ奴!!」


☆隊員の右上腹部を蹴り上げた!

(赤灯の写真)akatou.jpg

現場に近づく我々を見つけるなり、一見して加害者と疑わしい男性が怒鳴り声を上げた。

警察官に制止をお願いし、状況聴取後に患者の観察をはじめた。

意識レベルは沍、呼吸は早く、かなりのアルコール臭あり、脈拍も早いがショックバイタルではなさそう。

左眼窩に挫傷があり少量の出血、唇もどす黒く腫れあがり、口の中は出血で真っ赤だった。

北海道の1月は冷凍庫よりも凍れる、他に外傷もなさそうなので、とりあえず頸部を固定した後に「車内収容を優先しよう」と隊員に眼で合図を送る。

負傷者を抱きかかえようとしたその瞬間、警察官の手を振り切り、加害者が隊員の右上腹部を蹴り上げた。

蹴られた勢いと、雪道の路面に脚を取られて隊員は車道側へ勢いよく転倒してしまった。

幸い交差点は自動車側が赤信号だったが、路面はミラーバーンと言われる凍結路面である。

右肘と胸腹部を強打した隊員は、立ち上がれないほどの痛みを訴え、現場活動は不可能となってしまった。



【活動事例ファイル2】高齢者介護施設で発生した心肺停止事例
case 2

☆78歳代男性が施設内で卒倒!

介護施設のイメージ写真(活動事例はフィクションであり写真の施設とは関係ありません)

全国的には春の便りが聞かれる3月のとある日曜日の朝8時30分。

我々は引継ぎを終えて当番勤務に就いた。

「今年は正月早々ひどい目にあいましたよ。」

「肘はもう大丈夫なのかい?」

「えぇ、おかげですっかり良くなりましたよ。新年会も行けず仕舞いでしたけど、そのお金で温泉行きましたからね。」

「少しは貯蓄しなさいよ…おっと、来た119だ。」

「救急指令、青葉町4丁目高齢者介護施設○○、78歳代男性が施設内で卒倒、意識ない模様、現在、施設職員への口頭指導中。」

「CPAっすね!」

「よし!感染防止と資器材確認しろ!」

「了解!」

「指令より救急1、傷病者1名78歳男性、施設内の中庭で倒れているところを出勤してきた職員が発見し、事務室に移動している模様。」

「おいおい、様子が変わってきちゃったねぇ。」

「屋外っすか?今朝はマイナス気温でしたよ。」

「警察も出動要請しよう。」

「了解!」

☆書面には「治療を希望しない」

介護施設のイメージ写真(活動事例はフィクションであり写真の施設とは関係ありません)

施設に着くと職員が慌てて飛び出してきた。

悪性腫瘍の末期状態であり、職員同士で注意していた矢先の出来事だったらしい。

事務室に行くとベッド上に傷病者が仰臥しており、顔貌は蒼白で心肺停止状態だった。

気道を確保するために下顎と頭部に手をかけたが、硬直しておりなかなかうまくいかない。

すると別の職員が患者情報の記された書類を持ってきた。

「あの?○○さんなんですけど、何かあった時には治療を希望しないと書面で書いてありますよ。以前より家族ともお話はしていたんですが…病院搬送はどうしましょう?」

「困りましたねぇ。ご家族に連絡は取れますか?その後に判断しましょう。」

「わかりました、電話してみます。」

ほどなくして近くの駐在所から、警察官が現場に到着した。

「ごくろうさん、あれ?時間経っちゃってるねぇ。救急隊さん、死体は運べないんでしょ?」

「え?あぁ、いやこの状態ですからね。受け入れてくれる病院が…どうかな?それよりも、本人が書面で処置を希望していないんですよ。」

「そうですかぁ。それじゃ、あとはこっちで処理するから、一応、異常死体って事で現場も見分しますから。」

「あっ、あの?ご家族も本人の意思を尊重してくれって言ってます。」

本署からの鑑識班が到着するのを待って、状況を説明したのち我々は帰署した。

☆「なぜ医療機関に運ばなかった!」

ところが後日、施設職員が顔色を青くして来署する。

「あのあと、別の親族が来て、なぜ、医療機関に運ばなかったって、すごい剣幕で押しかけてきたんですよ。消防にも弁護士と相談して抗議しに行くって…。」

「なんと!?家族は承諾してたんじゃないの…。」

消防署に来署後も十分な説明じゃないと納得せず、家族らは搬送の義務を怠ったことを救急隊の過失として損害賠償請求を地方裁判所に提訴した。



【活動事例ファイル1:救急業務の妨害・隊員に対する暴行など】
Comment 1:Obstruction of a performance of official duties

☆暴行被害の現状

救急業務の妨害、救急隊員による暴行被害は、軽微なものを含めると相当数あると推測される。

拡大

(公務執行妨害検挙数 グラフ)koumusikoubougaigurahu.ppt

しかしながら、そうした行為が表沙汰になることは稀であり、泣き寝入りや事故処理されることのない事案も決して少なくない。

救急隊員は地方公務員であり、その業務は公務となることから、こうした妨害行為は公務執行妨害罪や威力業務妨害罪に該当する可能性がある。

◎公務執行妨害罪(刑法第95条)
◎業務妨害罪(刑法233条)
◎威力業務妨害罪(刑法第234条)

公務執行妨害罪 刑法第95条 3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金
信用毀損及び業務妨害 刑法233条 6年以下の懲役又は50万円以下の罰金
傷害罪 刑法第204条 15年以下の懲役又は50万円以下の罰金
威力業務妨害罪 刑法第234条 5年以下の懲役又は50万円以下の罰金
器物損壊罪 刑法第264条 3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料

(刑罰の図 図)keibatu.ppt

また、その行為によって隊員が暴力を振るわれたり、救急車や資器材が破損した場合は、さらに傷害罪、暴行罪、器物損壊罪などに該当する可能性があり、民法上では不法行為として損害賠償請求などの措置を求めることができる。

「そんな大袈裟な…」と思われる諸氏も多いのかも知れない。

実際に経験した隊員によると手続きの煩雑さや事実の検証に当番、非番を問わず時間を割かれるといった声も聞くが、こうした事実に対し毅然とした態度で対応することが再発の防止や抑止効果につながると考えれば、いずれかの刑事罰を請求することが重要ではないだろうか。

また、公務執行妨害罪には「公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者」と条文ではあるが、これは一般的に身体に暴力を振るわれる暴行罪とは違い、単なる脅しや石を投げつけるといった直接身体に触れない妨害も含まれる。

☆事故が起こったら

1・救急活動が継続できるかどうかの判断

今回の事例では救急現場で蹴られて転倒し、その後の業務が不可能となった。

2・警察官の要請と加害者の身柄確保

現場に警察官がいる場合は、暴行の事実確認は容易に行われるものと推測されるが、もし、警察官がいない場合でも救急隊員によって加害者を確保し、現行犯逮捕にすることができる。(刑事訴訟法第213条)

3・所属消防への連絡と応援要請

本事案のように怪我をしてまで救急活動を継続する事はないと考える。しかしながら、搬送対象となる負傷者が存在するのもまた事実であり、救急隊の増隊を要請し、必要ならば消防隊や救助隊の応援要請を行い、現場活動を円滑に進められるよう十分に配慮すべきである。

4・目撃者の確保

目撃した事実、場所や時間、証人として依頼できるかどうかを確認する。

連絡場所や連絡方法、住所や氏名も忘れずに聴取する。

5・警察官立会いのもとに現場検証

警察官とともに速やかに現場の検証を行い事実調査に対応する。

担当した警察官の氏名や所属などの情報(名刺など)があれば、担当者として事後処理に協力をお願いする。

また、現場調査時には告訴・告発をする方針であることを明確に担当警察官、場合によっては関係者に伝える。

警察に告訴・告発の意思をその場で伝えておかないと、その意思がないものと思われて、後々の対応に支障を来たしかねないので注意が必要である。

6・事実を忠実に報告書の作成

帰署後は記憶が曖昧にならないように、事実に基づき忠実に報告書を作成し、個人的な勘違いや隊員間で意見の相違がないように確認しておく事も忘れずに。

報告書記載後の訂正は、修正テープなどで改ざんすることなく法的に有効な訂正方法を心がける。

7・告訴・告発

告訴・告発の方針を決めたら、所謂「お礼参り」も考慮し、個人ではなく組織として対応するのが望ましい。

また、公務執行妨害が肯定されるためには、職務が適法であることを条件とされる。

職務が適法である要件については、(1)当該行為がその行為をした公務員の抽象的職務権限に属すること、(2)当該公務員がその職務行為を行う具体的職務権限を有すること、(3)その職務の執行を有効にする法律上の重要な要件又は方式を履践していること、以上の3つの要件を満たす必要がある。

これを救急業務にあてはめてみると、救急隊は消防本部からの辞令によって救急活動を行い、出動要請によって救急活動を行う権限を有しており、消防法、救急救命士法などの法のもと、あるいは各消防本部のマニュアルに基づき活動している。

つまり通常の救急活動の範囲内であれば、救急隊員は公務執行妨害罪の保護対象となる。

(刑事裁判の流れ 図)keijisoshounagare.pdf

「防刃チョッキやヘルメットは感染防止と同様必需品になるかもしれない」

(防刃チョッキの写真)bouryokunitaiou.jpg


【活動事例ファイル2:心肺停止状態の不搬送症例】
Comment 2: Cases of the Order "Do Not Resuscitation"

☆不搬送についての考察

救急隊員は傷病者死亡の判断ができないため、明らかに死亡の徴候がある場合、所謂「社会死」と言われる状態以外、救命処置と搬送の対象となることはご存知のとおりである。

しかし、核家族化、高齢社会の加速や、医療法改正による在宅介護高齢者の増加によって、発症目撃が無い心肺停止事例、受け入れ医療機関の選定など、様々な問題や課題が想定できる。

まずは不搬送とした処理について法律的に考察する。

◎民事責任(損害賠償と慰謝料)

不搬送と取り扱った件については、民事訴訟法で言うところの債務不履行となり、賠償請求となる可能性が否定できない。

ここで言う債務とは、一般的に言う金銭の貸し借りや契約だけでなく、職務としての義務も含まれる。

◎消防法(用語の定義)第2条第9項

救急業務の義務とは、消防法第2条第9項で緊急に搬送する必要がある傷病者を、医療機関その他の場所に搬送することとあるため、救急業務とは出動から傷病者を医療機関へ搬送し、帰署するまでを一般的な義務(業務)と考えられる。

◎救急業務実施上の基準について(搬送を拒んだ者の取り扱い)第13条

一方で救急業務実施基準第13条では、傷病者又はその関係者が搬送を拒んだ場合は、これを搬送しないものとするとあるが、これには本人や関係者の意思決定が正常な自己判断のもとに自発的か、拒否理由が正当かなどを証明する必要があり、ひとつ間違えれば誤った判断の責任が救急隊に向けられる危険があるので、対応は慎重に行わなければならない。

◎救急業務実施上の基準について(医師の要請)第14条
               (死亡者の扱い)第15条

また、同実施上の基準第14条2項では搬送の可否の判断が困難な場合は医師を要請し、必要な措置を講ずるよう努めるものあり、第15条では明らかに死亡している場合(死亡の7徴候含む判断については各所属の基準を参照のこと)又は医師が死亡していると判断した場合は、これを搬送しないものとするとある。

今回のようなケースでは警察官のみならず、地域の実情が許せば医師の臨場を求めることを考慮すべきである。

☆同意書について

(活動報告書写真 5)katudouhoukokusho5.jpg

多くの救急隊は拒否事案に対して、活動記録表、或いはその他の書面において、同意書の記入を求めているが、これらについての法的な意味も考えなければならない。

まず先ほど述べたとおり、搬送拒否や救急処置を拒否するにあたり、自己判断が自発的か否か、家族や関係者すべてが納得の上で同意しているかを考える必要がある。

もし、救急隊員に強要されたものだと覆されたら、同意書は信頼のないものとなる可能性がある。

同意書に記載する際は事の顛末を正確に記載し、相違ない旨を確認できる書面にサインしてもらうのが最良ではと考える。(例えば火災の際の質問調書など)

民事訴訟法の流れ(図)minjisoshounagare.pdf

☆国家賠償法

救急業務に対する訴訟では、個人を対象とした不法行為によるものではなく、救急隊員の救急活動という公務に対する賠償請求が通常であり、国家賠償法の適応となる。

しかし、個人を対象とした不法行為によって訴訟が起こされた場合、裁判費用は個人対応となるため「救急救命士賠償責任保険」や「救急業務賠償責任保険」に加入していることをいま一度ご確認願いたい。

一般的に前者は、救急救命士が救急業務中に発生した事故に対するもの。後者は、医療機関で行う教育研修(病院実習)などにも対応している。



救急業務と法律問題
Paramedics and Law

今回は刑事訴訟と民事訴訟について、仮想事例を紹介しながら法理問題を資料を参考に考えてみた。

実際に訴訟が進んでいるわけではないので(当然だが)果たしてこの2事案がどのような結末を迎えたのかは知る由もないが、この他にも救急業務を実施する上では様々な事案が潜んでおり、決して法律問題は他人事ではないと考えている。

例えば最近テレビや新聞のニュースで、医療現場や教育現場に対する訴訟問題が非常に多くなっている印象を受けるのは著者だけだろうか。

この風潮は、おそらく公務員や公安職員の業務にも向けられるものと推察できる。



紛争予防と対策
Prevention against troubles

救急隊員に過失があるか否かの判断基準は、今日現在の救急業務水準となる。

各資格の標準テキストやガイドライン、所属の救急業務規程、警防規程などの処置水準を維持し、現場で活用しなければならない。

つまり救急隊員は日々勉強しながら、日常業務を行い紛争の予防に努めなければならない。

また、紛争を予防するには「出会いと別れ」、つまり傷病者との接触から病院に引き継ぐ場面、或いは不搬送の際の一言が重要であると救急隊員の法律問題に詳しい橋本雄太郎先生は説いている。

男女のそれと同様に、出会いは印象が大事であり接遇には十分に気を使い、別れ際はやさしく、後くされなくといったところか。



おわりに
Writer's Comment

読者の皆様、いかがだったでしょうか?法律問題という大変重いテーマを題材とする事になり、いろいろと勉強はしてみましたが、やはり畑違いの感は否めず非常に苦労しました。

しばらく原稿用紙とにらめっこの日が続きましたが、杏林大学 橋本雄太郎先生の講演を拝聴する機会に恵まれ、この原稿を完成させることができました。

この場をお借りしてお礼申し上げます。


【参考文献】

東京法令出版 杏林大学総合政策学部教授 橋本雄太郎著「病院前救護をめぐる法律問題」荘道社 橋本雄太郎著「テキスト 救急活動をめぐる法律問題」

法務省法務総合研究所「平成18年度版 犯罪白書」

東京法令出版 自治省消防庁救急救助課 編集「救急・救助六法」

へるす出版 救急救命士教育研究所「救急救命士標準テキスト」


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09.1.11/9:56 PM