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One Step Up 救急活動

第9回

喘息患者と呼吸介助(BATT for EMTを参考に)

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Lecturer Profile of This Month

名前 鈴木 啓之

所属 大阪市消防本部

年齢 44歳
出身 富山
趣味 単車
消防士拝命 昭和57年
救急救命士資格取得 平成12年


シリーズ構成

若松淳(わかまつ まこと)

胆振東部消防組合消防署追分出張所


喘息患者と呼吸介助(BATT for EMTを参考に)

呼吸困難の恐怖から救え!!

 「ヒー キュッポッ、ヒー キュッポッ」搬送中に聴診器を使わずに聞こえる喘鳴音。「もう殺して!!」十数年前、あまりの苦しさと恐怖のため、17歳の少女が救急隊員になりたての僕に放った言葉です。

 何気なく行っている「呼吸」。これができなくなったときのことを想像してみてください。今までに体験したことのない恐怖におののくことでしょう。

 この少女は搬送中酸素マスクを半狂乱で拒絶していました。僕のできたことといえば、少しでもと口元に酸素マスクを近づけたことと励ますことだけでした。



○喘息患者への戦略
Strategies for asthema patients

1.何かできること?
 この思いは救急隊員誰しもが思っていたことで、すでに一部の地域ではメディカルコントロールのもとに胸郭を徒手的に介助することが行われていました。のちにその有効性が認識され、救急救命士標準テキストにも記載されるようになりました。

 喘息をはじめさまざまな疾病や事故などにより恐怖の絶頂にある傷病者を搬送することが私たち救急隊の任務です。傷病者と接触し医師へ引き継ぐまでの間、酸素投与・体位管理以外に救急隊員ができることの一つとしての呼吸介助とそのトレーニング方法について紹介します。

2. 救急隊員にできること

・ 酸素は最大の武器
 喘息発作がないときの二酸化炭素分圧は正常です。そのため発作が起こった時に高濃度酸素を投与してもCO2ナルコーシスになることはありません。むしろ低酸素の状態は絶対的に避けなければならずSpO2が90%以下であれば危機的な状態であり酸素投与を積極的に行うべきです。ただし高齢の方でCOPDである場合はいきなり高流量で酸素投与するのではなく低流量から始めSpO2 90%を目標に上げていきます。

 図1 呼吸困難を訴える傷病者の場合、前傾起座位をとっていることが多い。これは横隔膜が腹部内容物に押されることを軽減したり静脈灌流圧が減少することにより呼吸困難感が軽減するためと考えられる

・ 体位管理も
 酸素投与と同様に救急隊員にできることは体位管理です。身体を動かせる傷病者の場合は無意識に自分にとって楽な姿勢をとっていることが多く、その姿勢を維持すれば良いことになります。喘息の場合は起座位など上体を起こしています。このときに毛布などを丸めて膝に置くと、楽に肘をつき上半身を支えられるためより安楽な体勢がとりやすくなります(図1)。

・ 他にできること?
 もう一つ、ほんの少し手伝ってあげるだけで傷病者にとって楽になることこととして『呼吸介助』があります。喘息は息が吐けない呼吸困難ですので呼気時に傷病者の胸郭を生理学的な運動方向へ力を加えるだけで呼吸が楽になります。ただし、これは病気を治癒させることが目的ではなくあくまで傷病者の呼吸を『介助』することが目的です。医療機関へ搬送することが最優先で、病院到着するまでのあいだにできることの一つとして考えてください。



3. じゃあ呼吸介助ってどうするの?

 タッチ、リズム、方向性、強さがポイントになります。

 この中で特に大事なのはタッチです。介助は手掌部全体を使うのですが、どうしても手掌で介助しているつもりが手根部に力が入ってしまいがちになります。それよりも指先の方が大事でどれだけ胸郭(肋骨)の可動方向・可動範囲を指先で感じることができるかによって呼吸介助の手技の理解度がかなりかわってきます。具体的には指先(指腹ではなく指尖)で肋骨が感じ取れる程度に筋肉や脂肪等を圧迫し(図2)手掌部はのせる程度の重さで十分な介助となります。感覚的には指先で胸郭を介助するといった方が良いかもしれません。

 

図 2
肋骨を指先で感じられるところまで押しあてる(zu02-01, zu02-02)

 次に方向や強さなどですがこれは言葉であらわすことが非常に難しく、心肺蘇生法の胸骨圧迫などと同じように実際に行ってみて体で覚えることが重要です。かといって実際の救急現場で傷病者にいきなり行ってもそれが正しいかどうかもわからずまた傷病者にとっては呼吸の妨げとなってしまう恐れがあります。まず同僚などできるだけ多くの人の胸郭を実際に触れて、その動きがどれほど微妙なものかを感じてください。人それぞれで胸郭の運動方向が違うことに驚かれると思います。

 次に傷病者役となってください。「ほんの少し方向がずれても」、「ほんの少し吸気のときに手の重みが残っても」、「ほんの少し圧迫が強くても」介助どころか呼吸運動の障害にしかならないことを感じてください。健常な自分がされてこれほど苦しいのですから、呼吸に障害のあるかたに間違った手技が行われればどれほど苦しくなるかを理解してもらえると思います。

 具体的なトレーニングの方法として、大阪で不定期に行われている救急隊員向け呼吸介助法トレーニングの方法と呼吸介助のいくつかの手技について簡単に紹介していきます。

 Zu03(拡大)
グループを2つにわけ第1グループが術者となり第2グループが傷病者役となる。一定時間トレーニング(数分)したあと相互に入れ替わって行う。これを1セットとし、終わると第1グループ(第2グループでもよいがトレーニング中はどちらかで統一)のみが横に移動しローテーションする。これにより多くの胸郭に触れるトレーニングが行える。

 トレーニングは30〜40名で行われます。術者となって約半数の人の胸郭に触れ、逆に患者役となり約半数の人に触れられて手技をチェックしフィードバックしながらトレーニングを行っていきます。(図3)



(1) 胸郭の動きを感じる

図 4 トレーニングの初めは胸郭の動きを感じることから

 まず傷病者役の人は仰臥位になり術者はその横に片膝をつきます。そのまま手掌を下部胸郭に置き、傷病者役の胸郭の動きを胸郭の生理学的な運動方向と動く範囲を指先で感じとります。これは人それぞれの動きが微妙にまた全然違うことを感じるために行います。わかりやすくするため、患者役の人にゆっくり深呼吸してもらったいましょう。(図4)

図 5(拡大)
 傷病者の胸郭可動域AとA′は変わらない。左側のDの位置は動かずBCの角度もAの可動域にあわせたのちに固定することで傷病者の胸郭の運動方向を理解できる。しかし右側のD′ように不安定であればB′C′の角度がその都度変わってしまい運動方向や可動域がいつまでも把握できない。

 またこのときに術者の可動部分の支点がずれてしまうと方向の違いがわかりづらくなるため、下半身は固定し上半身を使って動きを感じとるようにして下さい。(図5)

(2) 仰臥位による下部胸郭の介助

 (1)を数人行い指先で胸郭の動きを感じることができるようになれば、このスタイルで少しずつ手の重みを手掌全体で胸郭に乗せていきます。これで「下部胸郭の介助」の完成です。文章に書くと簡単になりますが実際に行ってみると肩・肘・手首に力が入ってしまい必要以上の重さが傷病者役の胸郭に乗ります。これを補正していくために重要なのは患者役になっている人からのフィードバックです。特に手が重くて苦しい・吸えない等は必ず避けなければなりません。このほかタッチ・方向性・強さ等を細かくフィードバックするようにします。

 術者は指先で胸郭の動きを正確に感じとった後、手の重さ分の介助を行い、そして傷病者役の人からのフィードバックをもとにタッチ・方向性・強さを確認していきます。これを繰り返し行うことで次第に介助する方向・強さなどがわかってきます。

(3) 背部の介助

図 6−1
 背部にあてた手はできるかぎり押したり・引いたりせず壁を作るイメージであてがう。

 呼吸に関して何らかの障害がある場合、背部に手掌をあてがうだけでも呼吸が楽になる場合があります。例えば咳をしている傷病者の背部に手掌をあてがい、壁を作ることにより後方向への力を呼出に使えることになるためこれだけでも十分に介助となります。(図6−1)

図6−2
 傷病者から病状を聴取すると同時に背部に何気なく手をあてがい背部の介助を行える

 この手技は傷病者と最初に接したときに病状の聴取を行いながら何気なくこの部分に手をあてがうことで介助できること、簡便であり呼吸の障害となりにくいこと、また傷病者へスキンシップをとり安心感を与えることができるためファーストアプローチの介助として最適です(図6−2)。

(4) 側方からの胸背部の介助

図 7側方からの介助

 呼吸不全となっている傷病者の多くは体位管理のところで述べたように起座位をとっています。このため起座位の状態で下部胸郭の介助を行うのは、術者の手首に無理が生じることと支点が定まらないことから非常に困難です。この場合は前述(3)の背部介助の手はそのままで反対側の手を傷病者の胸骨体のあたりに当てがい(図7)その動きに併せて介助します。

 方向は胸部にあてがった手は下方向となり背部の手は傷病者が前傾となった分だけついていきますが、あくまでも壁を作ってあげるイメージを忘れてはいけません(図8)。

図8
 胸部を介助する方の手は非常に滑りやすく、また皮膚のみを引っ張ってしまい傷病者に不快感を与えやすい。これをうまく介助するには左図の網掛け部分全体を胸骨体にあてがい胸郭を動かす。
 また傷病者が女性の場合乳房があるのでこれを避けるため中指・環指以外の指は右図のように反らす。

 介助の方向はあくまでもAの方向で手の重さだけ下方向に加えて介助します。そしてBの方向へは皮膚のみが引っ張られることのないように最低限の力で圧迫します。肋間を指で感じることが難しいため下部胸郭の介助より手が滑りやすいので注意が必要です。



(5) 救急車内での呼吸介助

図 9−1
 両膝をストレッチャーに当て傷病者の背側の手でサイドアーム(矢印)をつかんで3点支持をとる。

 救急車内で走行中は加減速・右左折・路面状況による振動など様々な力が加わります。さらには作業空間も狭隘であり、それらの影響を一番受けない方法として側方からの胸背部介助に少し工夫を加えた手技を考案したのでその一例を紹介します。(図9−1)

 まず介助を行うためには傷病者の胸郭の動きを正確に感じることが必要なので傷病者の揺れとできるだけ同期させるために両膝をストレッチャーに当てます。

図9−2
 例として輸液ポンプを固定するバーなど手の位置に堅牢な握りやすいものがあればそれらを利用してもよい

 次に傷病者の背部を介助するために上腕部・前腕部の全体を使いながらストレッチャーのサイドアーム(サイドアーム以外に持ちやすいものがあれば代用してもかまいません(図9−2))を把持することにより3点支持をとります。これによって傷病者と術者の位置関係がある程度安定します。

 そして背部介助の反対の手を胸部(胸骨体のあたり)に当て下方向に介助します。

図9−3
 腋下、肘窩の隙間を埋めるように毛布やタオルなどを当てる。

 このとき傷病者と術者の体格差等により背部に隙間ができてしまう場合などは間に毛布などを使用することにより密着度をあげることができます。(図9−3)

 しかしながらこの方法でも走行中は予期しない救急車への衝撃が加わることにより介助の方向・強さがずれてしまうことがあるため機関員との連携をとり安定した直線道路でのみで実施するようにした方がいいでしょう。

(6) 後方からの上胸部介助

図 10
 右図は救急車内での一例でストレッチャーをまたいだ状態で行う。傷病者が小柄な場合は背もたれとの間に入ってもよい。

 傷病者の後方に位置し脇の下から抱え込むように上胸部を介助します(図10)。肘で傷病者を挟み込み(添わすだけで力を加えてはいけません)手掌は上胸部に当て下方向に介助します。このとき術者の位置はできるだけ低くなるようにしないと傷病者の両脇があがってしまい非常に迷惑となってしまいます。理想的には術者の肘がV字となり地面に向くようになる位置まで低い姿勢をとります。

 傷病者が小児などの場合は膝の上に乗せて行います。また可能であれば母親の膝にのせ母親の手の上から介助し指導します。母親に介助されることとまた抱かれていることで精神的にもリラックスさせることができるのでより有用です。



○受講者の声
Voice of Attendants

トレーニングの様子

 以上の手技を大阪で不定期に行われている呼吸介助法トレーニング(BATT)では2日間かけて行い自分のものにしていきます。実際に受講された方の意見には次のようなものがあります。

BATT(呼吸介助法トレーニング)を受けてみて

・ トレーニングを受けるまでは教科書や雑誌に載っている文章で見よう見まねで呼吸介助を傷病者に行っていました。トレーニングで自分がやると「少し重いです」とか「何か違います」などの指摘を受け、ひょっとするといままで傷病者に苦しい思いをさせていたのかと思うとゾッとしました。また、今まで僕がいろいろ学んできた中で力を抜いて優しく接するということが非常に難しく、またその柔らかな手技の方が効果があるということを学べた講習会だと思います。(N司令補)

・ 講習会ではなくトレーニングとなっている意味は受けてみないとわからないと思います。このコースのトレーニングが理論ではなく実技をメインにそれも次の日には筋肉痛になるほどみっちり行うため身体で覚えられました。このことで実際の救急現場で実施するときの自信につながったと思います。(M司令補)



○他に大事なこと
Other important things

 実際に救急現場で行うときに忘れてはいけないことはまず傷病者との信頼関係を得ること。つまりインフォームドコンセントです。多くの人は呼吸介助など知るはずもなく、いきなり胸のあたりに手がくれば不安になります。呼吸が苦しい傷病者に細かいことを説明することはできませんが「呼吸が少し楽になるかも知れないので胸のあたりを触りますね」などの声をかけます(この時には背部の介助は実施可能です)。

 次に自分の緊張をとりましょう。どうしても「やろう」と思ってしまうと前述したように肩・肘・手首に力が入ってしまい余分な力が入ったり、間違った方向に介助してしまうことになります。

 そして呼吸の観察をして頻呼吸であれば背部以外の介助をしてはいけません。頻呼吸の場合、当然胸郭の運動も速くこれにあわせた介助は非常に難しいです。無理に行うと胸郭の運動と違う力が加わり傷病者にとっては介助どころか邪魔な手になります。一度「苦しい」と思わせてしまうとその後の介助は拒否されてしまうことになるのでまず介助の手は添えるだけにしてしっかりと胸郭の運動を感じとったあと5回に1回であるとか3回に1回であるとかその方向・タイミングなどが合うときにだけ行ってください。「たくさんやろうとして合わないことをするより一度だけ合わせること」を意識してください。

 そして必ず数回実施した時などに「僕の手は苦しいですか?」「続けた方が楽ですか?」など問いかけて効果を確認し継続するか、中止するかを判断して下さい。



○実際の救急現場での経験
A Case Report

 「54歳女性の喘息発作のもよう」の通報で救急出場。

 現場到着時、玄関のところで54歳の女性が家族に付き添われて座位。呼吸数30回/分以上、脈拍120回/分程度、ポータブルSpO2モニターでは測定できず、冷汗あり、呼吸困難が強く会話不能。背中に手をあて背部の介助をしながら隊員に酸素投与の指示、病状を家族から聴取すると「もともと喘息の既往があり数日前から感冒の症状がつづいていて、1時間ほど前から喘息の症状がでてきたので119番しました」とのことでした。

 隊員がリザーバー付きマスクで酸素投与を行おうとしましたが拒絶されるため、口元付近でマスクを持ちながら酸素投与を実施しストレッチャーに乗せ車内収容。

 車内収容時も状態は変わらずSpO2は81%を表示していました。機関員にかかりつけ医への受け入れ状況の確認を指示し返事を待っている間に傷病者に「呼吸が楽になるかもしれないので、少し胸の辺りを触らしてもらっていいですか?」との問いかけにうなずかれたので胸背部の介助を行いました。最初は頻呼吸で胸郭の運動がわかりづらいため軽く手掌を当てがうだけにし、徐々に介助するようにしていきました。

 医療機関への受け入れの確認がとれたため搬送を開始。背部の手を再度アームでつかみ自分の身体を安定させ傷病者には「救急車が揺れますので胸の手が苦しいと思ったら手を挙げてください。」と説明しながら胸背部介助を継続。幸い行きなれた病院であったため道路状況等もよく把握していたが機関員の「しばらく直進です」「もうすぐ右に曲がります」等の情報をもとに中断・介助を繰り返し10分程度で病院へ到着したときSPO2 93% 呼吸数18回/分まで改善しました。
病院到着後の処置室内で医師が来るまでの数分間も継続し引き継ぎ時には96%まで回復しました。

 今回は高度喘息発作と思われる患者さんに実施して、呼吸回数が減少し、SpO2が次第に上昇していき目で確認できたので効果があるんだなと実感できました。また病院を引き上げる時に「ありがとうございました」と苦しいのに言ってもらえ、本当にこのトレーニングを受講しておいて良かったと思いました。



○最後に
Writer’s Comment

 何度も繰り返すことになりますが呼吸介助はあくまで介助であって根治療法ではありません。まず医療機関への搬送を最優先で行って下さい。

 また、しばらくするとせっかく覚えた手技のタッチ、リズム、方向性、強さ等を忘れてしまいがちになるため前述のトレーニングを適宜していただくこと。まちがっても傷病者へ誤った手技で苦しませることのないようにして下さい。



文献
1)伊藤直榮:BATとは?.EMERGENCY CARE18(2):6,2005
2)中野勉:成人におけるBATの基本.EMERGENCY CARE18(2):10,2005
3)鈴木啓之:BATの実際、救急隊員の立場から.EMERGENCY CARE18(2):34,2005
4)重本達弘 他:体位と呼吸理学療法.救急医学27(13):1881,2003



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09.4.4/10:59 AM