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シリーズ 教育:Education and Training

第3回

教育に関する取り組みと一考察

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講師

名前:清水 悟(しみずさとる)

所属:
岩見沢地区消防事務組合岩見沢消防署 消防二課 第二救急係

年齢:38歳
出身:北海道岩見沢市

消防士拝命:平成3年4月
救急救命士資格取得:平成21年5月

趣味:自転車・餃子作り


シリーズ
教育:Education and Training

教育:教え育てること:education
訓練:教え鍛えること:training
(講談社・日本語大辞典より)

第3回
教育に関する取り組みと一考察

「教育」シリーズの3回目は岩見沢地区消防事務組合での教育を紹介する。

解体予定の市営住宅において行われた訓練

1 はじめに

 皆さん、はじめまして。このたび縁あって本稿を担当する事になりました、北海道は岩見沢地区消防事務組合・岩見沢消防署に勤務しております清水 悟と申します。

 札幌市中心部から東へ40キロメートル程に位置する当消防本部は岩見沢市と月形町で構成され、平成22年4月1日現在で人口は94,441人(43,994世帯)、管轄面積は632.15平方キロメートルの行政区域を1消防本部・1署・3支署・4出張所・1分遣所、職員数148名で消防業務に従事しています。

 私が消防士を拝命したのは平成3年で、早いものでもう20年程経過してしまいました。そこそこ歳もとりましたので、職場では後輩に対して指導・助言を行う機会が多くなってきましたが、今なお諸先輩からご指導頂いている立場でもありますし、自分自身の若かりし頃を振り返ってみると恥ずかしい事ばかり...後輩に決して偉そうな事を言えるような立ち振る舞いはして来なかったので痛い目もたくさん見てきました。

 そんな私ですので本稿も「お前に言われたくない」という声が聞こえてきそうですが、過去多くの失敗をしてきた者だから出来る助言もあるかな...と思いながらの寄稿ですので、お手柔らかにお願いします。

2 職場における指導・教育について

 消防の業務は多岐にわたり、予防・警防・救急他、どの分野においても高い専門性が要求されます。基礎的な知識・技術は消防職員として採用されれば誰もが初任教育課程において身に付けて来るところですが、だからといって所属に戻ってから滞りなく業務をこなせるかというとそれはまた別で、それぞれの所属で先輩から、文字通りお茶くみひとつから手取り足取り、いわゆるOnthe Job Training(以下OJTと記す)で教えられて行くうちに職場に馴染んで行くのが標準的(?)な道程です。

写真1 水槽車の取扱いについて先輩から指導

 職員の退職と新規採用が若干名でうまく回っていたこの指導・教育システムは、新人【少】に対して先輩【多】で行われる事で、指導する側も人的に余裕を持って対応でき、また採用から数年を経た若手職員も新人の指導に携わる事で、自らの知識や技術の見直しにもなるという効果もありました。

 ところがここ数年、いわゆる「団塊世代の大量退職」という、かつて経験した事のない事態が発生しています。当然、同じペースで新規採用を増やしているため、職場を見回すと世代がグッと若返りました。これはこれで活気も増して喜ばしい事なのですが、従来、当然のように行われていた指導は【新人<先輩】の比率が【新人=先輩】となった事で、今までのOJTによる指導・教育のみではなかなか思うような効果が得られないと感じる事が多くなってきました。

写真2 救急活動シミュレーション訓練風景

 例えば私が普段携わっている救急活動を例にとってみましょう。救急隊は通常、隊長・隊員・機関員の3名で構成され、業務を遂行する際にある程度「あうんの呼吸」の様なものが隊員間にあれば、活動はよりスムーズなるものです。しかし、このうち1名が新人(ここでは救急科を修了して間もない者)だった場合、当然ですが最初から同じような活動は望むべくもありません。一緒に活動する同僚をランク分けするのは忍びないのですが、仮にこの場合の新人を傷病者以外にも気を遣う必要のある「お客さんレベル」と定義します。

 勿論、誰もが最初から上手く活動できませんので、訓練・練習・経験・判断を積むに従って徐々にスキルアップして行き、「お客さんレベル」から「邪魔にならないレベル」、最終的には「あうんの呼吸レベル」に到達して行くはずです。前述の場合も当然、新人は新人なりにベストを尽くそうと努力しており、決して活動の邪魔をしようとしている訳ではありませんが、だからと言って3名という限られた資源で活動している救急隊にとっては、「お客さんレベル」である事に変わりはありません。これは一所懸命やっている新人にとって残念無念な事であり、また何より受益者である市民にとっても不利益が生じかねません。

 この仮定のうち、「あうんの呼吸レベル」とまで行かなくても、せめて「邪魔にならないレベル」にまでなるよう、しっかりと事前に(あくまで所属隊のローカルルールについて)座学なり実技を「教育」してあげられれば良いのですが、専属ではなく乗り換えで救急に携わっている職員の場合、月に1回救急車に乗るかどうかという者も多いのが現状です。

 私もしばらくは従来通りOJTで後輩の「教育」を行っておりましたが、隊員が入れ替わる度に同じような事を毎回言い続けている自分が非効率極まりないと気付くまで時間はかかりませんでした。やはり場当たり的な指導方法では限界があり、そうなって来ると教える方・教えられる方ともモチベーションを保つ事すら難しくなってしまいます。

 救急活動に限らず、そもそも身に付けておくべき知識や技術等は、先輩の多少に関わらず行われるべきはずなのですが、実際のところ特定の業務に精通しているのは担当者(係)というケースが多いのではないでしょうか。限られた職員リソースの中で指導・教育のみに時間を割くというのも現実的にはなかなか難しいという状況の中、組織的にも個人的にも指導・教育について模索し、取り組んでいるところです。

 今回のテーマ「教育」は、団塊世代の大量退職、そしてそれに伴う新規採用者の急激な増加に伴い、誌面で特集が組まれる程に喫緊の課題で、その手法については既に語り尽くされている感が否めませんが、私が所属する組織において行われている取り組みを紹介すると共に、「教育」についての一考察を述べさせて頂きます。

 3 マニュアルの活用について

写真3 マニュアル発案者の吉田司令補

 新人に対する教育を「誰が・いつ・どのように」実施するのかを考えた時、教育担当者を指名するなどして組織的かつ計画的に教育を行う方法が望ましいのかもしれません。今も昔も「人が人を育てる」という本質部分は変わりなく、実際のところOJTを通じてリアルタイムに指導できればそれに越したことはないと思います。しかし、前段述べた事情からこれが敵わない事が多くなったため、OJTを補完するためのOff The Job Training(以下Off-JTと記す)として、今年度から取り組んでいるのが「岩見沢地区消防事務組合オフィシャルマニュアル(以下マニュアルと記す)」です。このマニュアルはある職員の発案により、先進事例として既に同様のマニュアルを活用している消防本部のアイディアを参考に作成されました。

 マニュアルは【基礎編】と【本編】とがあり、【基礎編】は新規に採用された職員のうち、初任教育の後期入校となる者が最低限身に付けておく知識として「訓練礼式」、「警防」、「通信」について、【本編】は新規採用者以外の職員向けに基礎編プラス消防車両等に積載されている資機材の基本的な使用法・安全に関する留意点の他、救急活動等について構成されています。

 ここで注意したいのはマニュアルが情報の全てを網羅しているものではなく、基本的に業務を安全に遂行するため最低限の指針=「幹」の部分のみを抽出しているに過ぎないという事です。これはあまり細部にまで立ち入ってしまうとマニュアル自体のボリュームが大きくなる事によって、「見る気が失せる」のを避けたかった事もありますし、より詳しい情報については、文字化できない情報も含めて各人が興味を持ち、探求して行って欲しいという希望的な理由からでもあります。

 今年から導入したこのマニュアル。Off-JTとしての評判はまずまずで、既に数回の改訂を経て内容も充実してきており、微力ながら私もマニュアル導入に関わった者として胸を撫で下ろしているところです。というものマニュアルは作って終わりといった類のものでなく、発案・製作者がいくら「良いものを作った」と自認したところで、実際に職員が利用してくれない事には意味を成さないからです。

 私はこのマニュアル導入の最終段階に発案者から相談を持ちかけられ、「いかに利用して貰えるマニュアルにするか」について話し合った結果、問題が【閲覧性】と【作成と維持管理】の二点に絞られました。先ず【閲覧性】を高めるためには、データは誰もが分かりやすく、利用しやすい場所に保管されている事が望ましいため、当初から一般的な冊子の形で配布せずに「PDF」形式で保存されたマニュアルをパソコンの画面上で閲覧する事を基本とし、必要に応じてプリンタ出力して利用する事としました。

 署所に配信する方法は当初、自治体ネットワークのサーバーでデータを一元管理する事を考えましたが、これは庁内LANに接続されていない出張所などへの対応するために解決すべき問題が多く、実現に至りませんでした。代案として、各署所・係に設置されているノートパソコンへUSBメモリ経由でデータを渡し、パソコンのデスクトップに貼り付けるといった原始的な手法となりましたが、独自にサーバーを導入する等コストをかければ良いものが出来るとも限りませんし、なにより簡便にお金を掛けず、迅速にマニュアルを導入する事が出来た事が非常に良かったと感じています。

写真4 オフィシャルマニュアルトップ画面

 発案者はマニュアルをより利用し易くするためのアイディアとして、当初からHTMLによって記載されたメニューをブラウザで表示し、そのリンクによって目的とするファイルを開くといったものを素案として持っていたので、そのアイディアを採用しつつ利便性を探った結果、パソコンで表示した時の画面を左右に2分割として、

写真5 オフィシャルマニュアルメニュー選択画面

左側の階層メニューでファイルを選択、右側に表示させる事で容易に自分が目的とするファイルに到達出来るように工夫しました(ただしマイクロソフトが提供するインターネットエクスプローラー以外のブラウザでは思ったように動作せず、別ウィンドウが立ち上がる場合があります)。

写真6 オフィシャルマニュアル救急活動

 次に【作成と維持管理】についてですが、そもそもこのマニュアル作成の元となったデータは発案者が、個人的に利用する為にコツコツと取扱説明書や仕様書を元にまとめていたものなので相当量のストックがあり、当分の間はネタ不足になる心配はありません。

写真7 オフィシャルマニュアル消防車両

発案者のモチベーションが続く限りこのマニュアルは改訂されて行くと思いますが、結果として個人の労力に頼り切っているという状況には変わり有りませんので、今後増えてくる資機材に関しては、若い世代にもマニュアル作成に携わって貰う等、維持管理も含めて受け継いで行く事も必要になってくるでしょう。

 実際にマニュアルを導入してから半年ほど運用した結果、「OJTの補完」という当初の目的は達成されていると感じています。また、副次的なメリットとしていわゆるベテランもこのマニュアルを利用する事により、若手との共通認識を図り、普段あまり携わっていない資機材に関して、安全管理を含めた知識の再確認が出来るといった意見も聴かれますので、今後も更なる内容の充実や改訂等も含めて長期的に運用して行きたいと考えています。

4 教育とコミュニケーション

写真8 空腹を訴え泣く赤ん坊

 私事で恐縮ですが、つい先日2人目の子供が生まれ、実に14年ぶりに赤ん坊相手に寝不足の日々を過ごしています。まだ頸が座っていない程度の月齢なので、子供が意志を伝えるためのコミュニケーション手段は勿論ただ「泣く」だけです。

 第1子の時には泣き声を聴くことがストレスで非常にイライラしたものですが、2人目となると余裕があるのか、ただ単に歳をとったからなのか理由は分かりませんが、お腹が空いても、おむつを替えてもらいたくても、痒くても、眠くても「泣く」事でしか意思表示できない赤ん坊という立場は「大変だなぁ...」しみじみ思います。

 それに比べれば言葉を話せる分、職場でのコミュニケーションは簡単...であって欲しいものですがそんな訳はありませんね。「コミュニケーションスキル」という言葉が当然のように聞かれるようになって久しいですし、指導・教育を円滑に行うためにも、このスキルは無いより有った方が良いような気がしますが、

 日本の古くからの伝統として「秘すれば華・腹芸・以心伝心・背中で語る」等のように意見を言わないこと=「美徳」のような考え方があった事からか、私が若かりし頃は無言実行型と言うか、あまり多くを語らない(どちらかと言うと恐い)先輩が「背中で語る」のを「見て技を盗む」という封建的な方法が一般的(?)だったような気がします。それにより「察する事・気付く事」に対する触覚が研ぎ澄まされたとも言えますが、ただここ数年は昔と違って、毎年続々と採用されてくる若人に対して、「背中で語る」を試みても空振りに終わる...というのが関の山ですので、職場におけるコミュニケーションも時代に合わせる必要があるのかも知れません。

5 コミュニケーショントレーニングとしての医療系コース

 無いより有った方が良いような気がするこのコミュニケーションスキルですが、生来負けん気の強かった私は「コミュニケーション」が大の苦手で、今までの消防人生の中でも多くの失敗をし、また誤解を招いたものでした。正確に伝えようとすればするほど、逆に相手を混乱させてしまうような状態で、人と会話する事自体苦痛に感じた時期も過去ありました。しかし当時、業務を遂行する上でコミュニケーションスキルは欠かせないと考えておりましたので、「もっと上手に伝えられないものか...」と考え倦ねて日々過ごしている中、それを学ぶ良い機会に恵まれました。それはひょんな事から、JPTECのインストラクターとしてセミナーに携わるようになった事です。

写真9 所属での外傷初療訓練風景

 個人的に受講したJPTEC プロバイダー養成コースでお世話になったインストラクターから、たまたま声を掛けてもらった事で図らずも指導側に回った訳ですが、「教えることは学ぶこと」とは良く言ったもので、貴重な時間とお金(参加料)を掛けてセミナーに出向いてくれる受講生の皆さんに対して失礼の無いよう毎回セミナーに臨んでいますので、常に新しい病院前外傷初療の知識を維持できますし、なにより出来るだけ避けてきた人とのコミュニケーションを強制的にとる事を通じて苦手意識が緩和され、逆にコミュニケーションを楽しんでいる自分がいる事に気付きました。

 失敗の原因も分かってしまえば簡単で、それまでの私は傾向的に、会話の相手に対する言葉が一方向で、いわゆる双方向コミュニケーションがとれなかった(有体に言えば人の話を聞いていなかった)事で、意思疎通が上手くいかなかったようです。

 JPTECのインストラクターを志した人は「人に教える事」を学ぶため必ず「インストラクター養成コース」というセミナーにおいて「成人教育」についての技法を学ぶのですが、私の場合はやはり実際に指導側でプロバイダー養成コースに参加し、受講者に相対する事を通じてコミュニケーションスキルが培われてきたと思っています。

写真10 市民を対象とした救急手当講習風景

 人と会話をする事を避けたいとさえ考えていた自分が、誰かに働き掛けるという能動的な立場で考え、そこに面白みすら感じているという事に自分自身が一番驚いている訳ですが、JPTECを通じて得られた人々との交流や経験、また「成人教育」に関して学んだ事柄の多くは所属における指導・教育に関しても通じるものも多く、非常に有用なものだと実感しています。

 医療系コースは他にAHAのBLSやICLS等たくさんのコースがありますので、受講者として参加した事のある皆さんも指導側のスタッフとして一度携わってみるのも面白いかもしれません。

6 おわりに

 最後までお読み頂きありがとうございます。教育に関する取り組みと一考察を書き連ねましたが、世の中いろんな人がいます。人からのアドバイスを素直に受け入れる人、頑なに自分の信念を突き通す人、マニュアルに興味を持ってくれる人、持ってくれない人...様々ですので、結局のところこれらの取り組みが結果を出す・出さないを決めるのは最終的に【教育の受け手側】であることは間違い有りません。

 端的に言うなら、「教育の受け手が変わろうとしない限り、どのような優れた教育技法を論じ、また、取り組みを講じたところで実際は何も変わらない」のだと思います。

 改めて調べてみると、教育とは「教え育てること。人を教えて知能をつけること。人間に他から意図を持って働きかけ、望ましい姿に変化させ、価値を実現する活動」と広辞苑に記されています。さすがは広辞苑、簡潔明瞭で非常に分かりやすいのですがこの「教育」、実際にやるとなると難しいものです。普通に考えても、他人の考えを変える事ほど難しいものはありません。

 しかし人は自発的に「変わろう」と強く思う場合が必ずあります。それは自身の経験上、やはり失敗し痛い目をみた時で、その瞬間に人は教育が御仕着せではない事に気付かされます。「このままじゃいけない」と思った時、教育する(変化させる)対象が自分自身であれば、他人を変える事に比べて容易いものです。幸い私は多くの失敗を重ねた事で、自分自身に対する教育の必要性を理解する機会に恵まれましたので、人生に無駄な経験は無いとつくづく感じます。今後も増え続ける若い世代に対する教育に関して、個人で出来る事など高が知れているかも知れません。しかし未来を担う人材を育てる一助になると信じ、自らの経験を通じて地道に後進に働き掛けて行きたいと思います


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11.1.16/7:16 PM