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高齢者への救急対応(第8回)

「搬送」

齋藤洋一(増毛町消防本部)

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名前:齋藤洋一
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所属:北海道 増毛町消防本部
年齢:44歳
出身地:北海道増毛郡増毛町
消防士拝命年月日:昭和61年
救急救命士資格取得:平成11年
趣味:バイクで温泉ツーリング

高齢者への救急対応
第8回 搬送

1 はじめに

「高齢者への救急対応」もシリーズ8回目。

今回のテーマ「搬送」を通して救急活動全般について考えます。

担当は、北海道の増毛(ましけ)町消防署 齋藤洋一と申します。よろしくお願いします。

2 現場での行動

 高齢者に限らず救急搬送は、すばやく状況の判断を行い、安全を確保して観察・評価を下し、その状況に応じた最良の処置を行い、迅速に救急車に収容して適切な医療機関に移送することです。

 救急隊は、出動指令から状況を予測して救急現場に向いますが、救急現場は傷病者や関係者が普段の生活のなかではあり得ない状況に陥り「助けてもらいたい!」と叫んでいる場所です。つまり緊急事態が発生している場所です。

 この緊急事態が起こっている場所で救急隊は冷静に状況を判断して落ち着いて行動しなければならず、その緊急事態が発生している現場を把握して統制し、いかにその場を自分の管理下に置くかが重要となります。

 もし、救急隊がその場の雰囲気に呑まれてしまうと、適切な判断は出来なくなり、必要な観察・処置もおろそかとなり、結果的には搬送の遅延につながります。
また、傷病者や家族は病気や怪我に対し不安を抱いています。特に高齢者は気力や体力の低下、回復力の低下を自覚し、病気や怪我が治るのか、以前の生活に戻れるのか不安です。

 不謹慎な言動やルーズな行動は不安や不信感を与えますので、充分注意しなければなりません。

3 障害

 出動経路や搬送経路となる道路の通行規制は必ず把握していなければならいことで、日常の車両や機材の点検や訓練、豪雨や降雪による気象状況の悪化が予想される場合の事前の対応は重要なことです。

 しかし、いくら準備に余念がなくても様々な障害が出てきます。

写真1
狭い階段

 物理的な障害として、建物内では狭い階段や廊下(写真1)、エレベーターが設置されていない高層階、傷病者の体格等によりストレッチャーによる搬出が困難な場合があります。イベント会場や大きな商業施設内では、プライバシー保護にも充分注意しなければなりませんし、屋外では傷病者に接触するまで時間を要する場合があります。

写真2
難癖を付ける関係者

 人的な障害として、傷病者や家族、周りの人たちは必ずしも協力的とは限らず、泣き叫ぶ人、興奮している人、怒っている人など様々です(写真2)。

写真3
可愛い家族同様のペットでも救急隊には危険な生物になります(筆者の亡くなった愛犬だそうです)

 その他に、傷病者にとっては可愛い家族同様のペット(写真3)でも救急隊には危険な生物になりますし、苦しむ傷病者を目の前に搬送病院が決まらないことほど我々救急隊が歯がゆい事はありません。

 状況を充分把握して、その場に応じて搬送資機材を工夫し、増援隊の要請や、場合によっては警察の協力も考慮しなければなりません。

 また、どんな場合でも一番大切なことは安全の確保です。隊員一人ひとりが安全管理を行い、自分や同僚の安全確保を図ることを忘れてはいけません。救急隊が負傷しては、傷病者を安全に搬送することは出来ません。特にストレッチャーを持ち上げる場合に腰を痛めことが多いので注意しましょう。


4 高齢者の特性

 身体的なものや症状の特性は、これまでのシリーズの中で既に述べられていますので、ここでは、私がこれまでの救急出動した経験と、日常接する高齢者の環境的な問題と心理的問題から私が感じたことを考え表にまとめてみました。

(1)生活に変化を求めていない
(2)周りへの気兼ねと遠慮がある
(3)コミュニケーションの障害
(4)自分の存在を認めてもらいたい

(1)生活に変化を求めていない

写真4
ゴミ屋敷

  経済的な問題もありますが、今までの生活を維持してこれからも同じく暮らしていきたいと思う気持ちが強く、身体能力が衰え、生活に不便を生じる環境でも、長年暮らしてきた住み慣れた場所から離れることを嫌う傾向を感じます。
実際に出動して、大変失礼なことで口に出してはいえませんが、心の中で「ここに本当に住んでいるの?」と驚くような不便な環境で生活している高齢者をこれまでに何度も経験しています(写真4)。

また、怪我や病気を患っても、時間が経過してからや症状が強くなってから救急要請をすることがあります。一例を挙げると、通報で「足が痛くて動けない」と出動で、骨折が強く疑われるのに数日経過していることがあります。話を聞くと「湿布を張って良くなると思っていた」と痛みや辛さを我慢してでも、現在の生活の継続、病院に行くことへの恐怖感などから通報が遅くなることがあります。特に高齢者のみの世帯や独り暮らしの高齢者で多いように感じます。

(2)周りへの気兼ねと遠慮がある

写真5
「大事になって申し訳ない。こんなことになるなら誰にも話さなければよかった」

 一人では立ち上がることも出来ない状態で救急搬送される場合でも、「大事になって申し訳ない」、「息子に怒られる」、「こんなことになるなら誰にも話さなければよかった」と話す高齢者がいます。特に配偶者と死別した女性に多いように感じ、自分のことで周囲に迷惑をかけたくない、自分のことで家族に苦労させたくはないと思う気持ちがあります(写真5)。

(3)コミュニケーションの障害

写真6
近所の方に傷病者のことについて尋ねても情報がとれません

  健康を維持することを一番に考え、多くの人が日常的に運動を心がけ、友人や近所の方とのコミュニケーションを図っている方が多い中、身体的理由や自尊心から、人との交流を自ら遠ざけてしまう高齢者を見かけ、救急現場で近所の方に傷病者のことについて尋ねても、全く付合いがなく情報を得ることに苦労することがあります(写真6)。

  また、救急隊に心を開いて話をしている様子でも、病院では医師に違うことを話す事があり、いくらコミュニケーションを図っても高齢者にとってはやはり「お医者様」なのか、と痛感する場合があります。

  
(4)自分の存在を認めてもらいたい

写真7
病歴を事細かく長々と話す高齢者

  傷病者が会話できる状態や傷病者の家族が高齢者である場合、病気や怪我の経緯、これまでの病歴を事細かく長々と話す事があります(写真7)。話をして自己を主張することにより、自分の存在を確認しているように感じます。
救急隊にとっては、もっと手短に話してもらいたいところです。しかし、その話の内容には現在の病気における重要な事がある場合がありますので、救急隊はチーム活動していますから、誰かが話を聞くことに徹する、搬送中の車内で聞くなど、嫌な顔をせずに工夫を凝らして耳を傾ける必要があります。


5 事例

次に搬送について、私が経験した事例を通じて考えてみます。

1)救急車収容に困難した事例

 まだ私が救急隊長の任に就く前の真冬。街中から離れた稲作地域に点在する家から救急要請。

 地図で現場を確認すると、幹線道路から離れていますが、住居までは車両が進入出来る道路の存在を確認して出動。

写真8
雪の上に続く人一人が通れる幅50cmほどの雪道が200m

 現場近くの幹線道路から確認すると、道路は見当たらず雪原の向こうに住居が見え、近所の方に確認すると場所はそこに間違いはなく、その住居に行くのには雪の上に続く人一人が通れる幅50cmほどの雪道を200m以上行くしかないとのことでした(写真8)。

写真9
バスケットストレッチャーに収容して、深雪の中雪を踏み固めて進みます

 必要資器材と搬送手段として布担架を携行して歩いて向いましたが、一歩外に踏み違えると膝上まで埋もれてしまう雪道で、安全に収容することが難しいと判断した当時の救急隊長は、直ちにバスケットストレッチャーと増援隊を要請。到着した増援隊と協力しバスケットストレッチャーに収容して、深雪の中、雪を踏み固めて進み(写真9)大変苦労して救急車に収容しました。

 様々な状況を想定し訓練に励んでも、現実は人の想像を超えます。この事例では救急車収容までに時間を要しましたが、救急隊長の機転で安全に収容することができました。現場での判断は迷うことも多いですが、もし、この事例でそのまま無理をして布担架で搬送を図っていたら、傷病者を危険に曝し隊員も怪我を負っていた可能性が高かったと考えます。今でも同じような環境下で生活している方はいますので、現在救急隊長として活動する私にとって搬送手段の一つとしての選択肢を得た事例でした。



2)転倒して数日過ごしていた事例

 厳冬期の午前、「祖母が全身にむくみがあり、立つことが出来ない。」と孫から通報で出動。

 傷病者は80代の女性。意識清明はだが居間で動くことが出来ない。

写真10
3日間お茶だけをを飲んでいた

 本人から話を聞くと、3日前に室内で転倒し背部を強打して立ち上がる事が出来なくなり、そのままの状態で過ごしていた。食欲がなく何も食べていないが、水分だけは目前のテーブルに置いていたお茶を飲んでいたと返答(写真10)。

 女性は古い家屋に一人で暮らし、地域住民との交流はあるが毎日誰かと会うわけではなく、週に1回隣町から来る孫が発見したものでした。

 この季節、外気温はプラス気温になることは珍しく、最低気温はマイナス10?を下回ります。幸いにもストーブは点いていて室内は暖かく、女性は生命の危機に対しまったく危惧している様子はありませんでした。しかし、もしも何らかの理由により暖房器具に故障が発生していたならば「孤立死」という悲しい事態になりえた状況です。

 当町では一部の町営住宅に緊急通報装置が設置されていますが、全ての一人暮らし高齢世帯に設置されてはいません。最近ではスマートフォンを活用して高齢者と連絡を取る方法も図られているようです。小さな町だからこそできる方策が必要と考えさせられた事例でした。


6 まとめ

 「搬送」と題して救急搬送全般と搬送障害、環境や心理面からの特性について、私が思ったこと、感じたことを書き記しました。高齢者の搬送は特別なことではなく、大切なことは「よく観察すること」です。

 「来るべき高齢化社会に備えて・・・」と言われていたのは随分前のことで、現在の日本は超高齢化社会であり、高齢人口の増加とともに高齢者の救急搬送は増加の一途を辿っています。

 しかし、高齢者が多いことは医学の勝利の結果で、この国の医療体制が充実していることの裏付けであり大変喜ばしいことであります。人は誰でも年を取り「高齢者」になります。これはどんな人にも訪れる平等なことで、何も特別な存在ではありません。いづれ私も高齢者となります。

7 最後に

  未曾有の被害をもたらした東日本題震災から1年以上が経ち、徐々に復興も進む中、馴れない生活環境の中で体に変調を来たす高齢者が多いと聞きます。いち早い復興を願ってやみません。なにも手助けができない私ですが、被災されました皆様に心よりお見舞い申し上げます。また、犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともにご遺族の皆様には深くお悔やみ申し上げます。



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12.5.27/10:12 AM