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140810北海道ハイテクノロジー専門学校救急救命士学科「卒業生たちの10年」(7)感謝

1.自己紹介
氏  名:坂下 友也(さかした ともや)
出身地:北海道常呂郡留辺蘂町(現北見市)
出身学校:留辺蘂小学→留辺蘂中学校→留辺蘂高等学校→北海道ハイテクノロジー専門学校第10期卒
所  属:北見地区消防組合
拝  命:平成16年4月
趣  味:スノースクート(写真1)、

ルダリング(写真2)


シリーズ構成


浦辺隆啓
うらべたかひろ
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日産クリエイティブサービス
陸別PG・車両管理課 レスキュー隊救急救命士



「卒業生たちの10年」
サブタイトル~ 感謝 ~


   
 このような機会をいただきましたので、はじめに私の住む北見市について少し紹介をさせていただきます。北見市は北海道の内陸に位置する街でしたが、2006年3月5日に近隣の留辺蘂町・端野町・常呂町と合併し、新・北見市となり自治体としての面積は北海道で最大の約1,430Iであり、全国の市の中でも第4位の大きさで、市の西端の石北峠から東端のオホーツク海までの道路延長は箱根駅伝のコースとほぼ等しい110Hに達しており、自治体の「長さ」では日本最長となっています。

主産業としては農業、林業、観光業、製糖業で、特に畑作が盛んで玉葱の生産量は全国一で国内生産量の約25%を占めています。大正から昭和初期にかけて北見地方はハッカの生産で世界の7割を占めていたこともあります。また市内には約70軒の焼肉店があり、人口1人当たりの店舗の多さでは日本一で「焼肉の街・北見」と言われているようです。

 それでは、まだまだ消防経験の浅い私ですが、救命士を目指して現在の至るまでのお話をさせていただきます。

2.なぜ、救命士を目指し民間の養成学校を選んだのか?

 民間の救命士養成学校を選んだ理由としては、父の一言でした。高校生活で将来の事を考えるようになり、地元で働きたいと強く考えていた私は、安易に安定しているという理由で公務員を考え、自分のイメージとして机に座って仕事をする役所ではなく、自分は体を動かすことが苦にならないので「消防」という進路を考えました。そこで高校在学中に、消防の採用試験を受け卒業後地元の消防で働きたいと考えていました。すると父から「救急救命士という資格が出来たみたいだからその資格を取ってから消防の試験を受けたほうがいいんじゃないか?」と言われました、初めて聞く資格に頭の中は「??」で、消防士ではなくて救命士ってなに?と思っていましたが、救命士の事を知るうちに興味が湧き、民間の養成学校への進学を選びました。

 しかし、無事入学できたところまでは良かったのですが講義の難しさや訓練の厳しさを感じ、とても自慢できるような成績ではありませんでした。それでも家族や周りの友人達に支えられなんとか救急救命士の国家資格を取得することができ、家族と友人達には本当に感謝しています。

3.消防職員になって感じた理想と現実のギャップと克服方法

消防職員となって感じたギャップではありませんが消防職員になる前は、消防という仕事がどのようなものかわかりませんでした。火を消す仕事?出動していない時は何をしている?正直わかりませんでした。消防に入ってから普段の業務の多様性に驚きました。消防・救助・救急(写真4 救急隊員として)・予防・庶務等の様々な担当、それぞれに重要な役割があり、そのどれもが重要でなくてはならないものでした。

また、普段の業務を行っていく以外にも出動に備え、救命士として使用する医療資器材の使用方法や性能の把握は勿論、救急活動の全ての手順の理解、救命士のスキル維持のための研修会への参加、住民への救命講習(写真5救命講習の講師)そして消防隊員としては必ず理解していなければならない使用資器材の限界性能。さらに現場活動の為の体力の維持と訓練の積み重ね。どれもおざなりにすることはできない大切なことばかりです。

そんな現実の中で、職場の上司や諸先輩からの指導は本当にありがたいものでした。前にも書いたように決して頭の良いわけではない私に現場活動に必要な訓練を何度も指導して頂いたり、普段の業務の進め方を親身になって教えていただいてきました。今まで仕事をしていく中で上司や先輩方、同期に助けられたことは数多くあり、決して自分一人では克服出来なかった事を自覚し、とても感謝しています。

4.特殊な経験及び特殊事例

 この10年で特殊な経験や事例と言えるものを経験していませんので、これまでに経験した特に印象深い話をさせていただきます。

A)ある救急出動について

管轄内の販売店駐車場内に出動した救急事案での話です。駐車場内で転倒し負傷した女性が関係者に付き添われ路上に座り込んでいました。事案内容は特異的なものではありませんでしたが、この事案で私は今までにない感覚を経験しました。それは隊員それぞれが個々の役割をスムーズに行い、出動から帰署までなにも違和感なく事案が終了するというものです。過去にもスムーズな活動はありましたが、少なからず他の隊員に対してこうして欲しいやこう動いてほしいと感じたり、もちろん自分の活動に対してもこうすべきだった、もっとできたなど、振り返ると少なからず納得のできないものでした。しかしその事案では隊員がそれぞれの役割を行い、隊員間であまり言葉を交わすことがないままスムーズな現場活動を行えることができました。

このような活動ができたのは普段の訓練の積み重ねや数多くの出動を共にこなした結果です。あうんの呼吸は隊長・機関員・隊員間の信頼があって成り立つものです。このような活動がどのような事案でもできればと思ったのと同時に、自分の意思表示をしっかりと行うことの大切さにも気がつきました。相手の事を察する自分の事も察してもらうことも大事ですが、やはり声に出していかなければ伝わらないと思います。プロスポーツ選手などがアイコンタクトでわかる、以心伝心でプレーしたというような話を聞いたことがありますが、それは同じ時間を共にして練習を積み重ねていくことで、考え方やイメージの共有が出来ているわけで100%の理解は難しいと思います。

しかし消防士として、プロとして私たちは100%の活動を求められています。訓練を積み重ねることはもちろん大事なことですが、それだけではなく当たり前の事かもしれませんが、普段から相手に思いや考えを伝える事や自分にも伝えてもらい、しっかりと理解する事も重要だと感じました。

B)全道消防救助技術大会への出場(種目:はしご登はん)(写真6消防救助技術指導会出場)

私が消防に入り3年目の平成18年の出来事です。当組合では、若年の職員を対象として消防救助技術大会選考会を行い、出場隊員を選考しています。

そこで私ははしご登はんに出場することとなりました。組合を代表して出場することはとても重大だと理解していたつもりではいましたが、本格的な訓練が始まり期間中に協力していただいた所属の方や訓練時に激励の言葉をかけていただいて改めてそのことが身に染みました。

訓練が始まると種目の奥深さを知りました。結索や登はん中の姿勢等はもちろんのことロープの置き方、スタートラインでの姿勢に至るまでの全てがかみ合わなければ良いタイムは出ないことを知り一つ一つ研究を重ねて行き、それを実践しタイムを少しずつ短縮していきました。訓練中に厳しくも優しく指導をして頂いた指導者や、夜遅くまでマンツーマンで個人的な訓練に付き合って頂き指導していただいた先輩、訓練期間中に応援に来て頂いた先輩方には本当に感謝しています。指導者や先輩方のお陰で全国消防救助技術大会へ参加することができ、全国から集まった消防隊員と様々な交流をもつことが出来た事は、私の消防職員としての人生にとって、とても良い経験となり今後に必ず生きてくると思います。

5.もし、消防職員になっていない場合と進路の選択は?

 もし、自分が消防職員になっていなかったらと考えると、どのような道に進んでいたのか想像もつきません。昔から特になりたい職種もなく、ただ漠然と地元で働きたいと考えていました。今となっては、消防という仕事にやりがいを感じ、この仕事以外に何も考えられないですので、この職業に就けたことやそのきっかけを与えてくれた両親には感謝しています。

6.全国の消防職員に伝えたいこと

消防経験の浅い自分がいうのもおこがましいですが、全国の消防職員のみなさん同じ想いで日々の業務にあたっていると思います。火災ゼロや人命救助など、言い方は違えど全ては地域住民の為だと思います。でも一人で頑張りすぎないで下さい。今後ますます複雑多様化する災害現場において自分だけで助けを求める市民にたどり着くことは難しいと思います。消防はチームだと思います(写真7北見道路総合訓練)。自分が足りないことをチームとして互いに助け合うことが大切であると思います。プロフェッショナルとして自分も努力する、そして仲間を互いにカバーすることがより安全・確実・迅速な活動への近道だと私は思います。

団塊の世代の大量退職や若年職員の増加により、今後職員の経験不足から消防力の低下という事態が起こる可能性があります。私としては消防力の低下とは絶対に言われたくありません。経験豊富な先輩方から多くの事を学び、そして多くの事を後輩へ伝承していく事が必要かと思われます。先輩方が築き上げた信頼を守り、これから消防職員となる若者の為にも、あこがれの仕事であり続けるように。

そしてなによりご自身の体を大切にして下さい。無理はせずに自分の体を労わって下さい。体が資本と言いますが、自分の体がしっかりとしていなければ住民のニーズに答えることは出来ません。何かあれば心配にもなります、共通の想いを持っている仲間として皆様の健康を心より願っています。

7.結び

 このような機会を頂いて改めて今自分がこの消防という仕事に就けた事、そのきっかけを与え支え続けてくれた両親、専門学校時代共に学び同じ時間を過ごしてくれた友人たち、職場に入り消防という仕事を教え指導して頂いた先輩方、同期(写真8北見消防同期旅行)や後輩たちなど多くの人のおかげで今の自分がいることを再認識し、その全ての人達に改めて感謝することが出来ました。このような機会を与えてくださいました、関係者の皆様に感謝いたします。

 これで私が救命士を目指し現在に至るまでの話を終わらせて頂きます。私の話を聞いてこれからの皆様の何かのきっかけになれば幸いです。ありがとうございました。


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14.8.10/8:53 AM